これはきっと、恋じゃない。
ドキドキしながら、森山先輩の後ろを着いて歩く。いったいどこに向かうんだろうと思っていたけれど、よくよく考えてみればこの行き方は生徒会室への行き方だった。
「そいや、音楽祭は何やんの?」
「ミュージカルというか、音楽劇? みたいなやつです」
「へぇ、すごいじゃん」
たいして興味なさそうだな。
まぁ、生徒会はほとんど音楽祭には参加できないから、知ったところで興味はないか。どうせ見れないし。
階段を中程まで登ったあたりで、森山先輩は思い出したように先輩は振り返った。
「えーっと、俺はただのパシリなんだよね」
「パシリ?」
「呼び出してって言われた」
「え、だれにですか?」
「タテだよ」
タテ。その名前、どこかで聞いたような。
――あ!
そうだ、森山先輩館町先輩と同じクラスだった!
「うそぉ……やっぱりわたし、なにかやらかしました!?」
でもやっぱり思い当たるのは、一つしかない。
「さぁ? パシリだから知らないの俺。ほら、あいつが直接呼び出すと面倒だろ?」
まぁ、そりゃそうだ。そんなことしてたら、館町先輩のファンに袋叩きに合う。
ーーわたしが。
「というわけで」と、森山先輩は恭しく生徒会室の前でわたしを手招きする。
「どうぞ」
「……お邪魔します」
いや、ここ生徒会室だし。なにお邪魔しますって。
一人で突っ込みながら、カーテンがきっちりと閉められていて少し薄暗い生徒会室に、わたしはおそるおそる足を踏み入れる。……嫌な予感しかしない。
「おっ、来たな」
「ぎゃっ!」
パチンと森山先輩が電気をつける。
すると、本来なら生徒会長の森山先輩が座るべき場所に、人影が浮かび上がった。
――館町先輩だ。
腕を組んで、まるで玉座にでも座るように座っていた。そのすぐ近くには、忠実な家臣のように菅凪先輩もいる。
まさかのセレピの英城生大集合だった。
……ん? 待てよ?
「あれ、今日ってお休みじゃないんですか」
「なんで?」
「だって王子くん、今日来てなかったですし……」
ソロでの仕事、なのかな。ドラマとか色々出ているし、それはあり得る。
勝手に納得しそうになったとき、館町先輩が口を開く。
「鋭いな、お前」
「え?」
「話があるのは、そのことについてだ」
ドラマかなにか始まる? っていうテンションなんだけど。これ通常なのかな。それともなにかになりきってる?
「実を言うとな、度々遥灯は、仕事以外で学校を休んでるんだ」
「……え、なんで」
「それを知りたいんだよ、俺たちも」
……だからって、どうしてわたし?
だって、ただのクラスメイトでお隣の席。わたしと王子くんは、ほんとうにそれだけの関係性だ。
「いや、あの……館町先輩たちが知らないなら、わたしも知らないんですけど」
「そりゃ仕事とかプライベートは僕たちのが知ってるよ。でもね、知りたいのはそこじゃないんだ」
菅凪先輩は優しく言うと、ホワイトボードに寄りかかる。
「学校生活は? クラスでの立ち位置とか、そういうの」
「……友達はいますし、授業も別に寝てるとかはないです。多学年の子たちにも優しいし、クラスの子も悪いこと言ってるのも聞いたことないです」
わたしが話している間も、館町先輩も菅凪先輩もわたしのことをじっと見ていた。その表情は、本当に王子くんのことを心配していそうに見えた。
……やっぱり、何かあるんだな。
「他には? 休憩時間とか」
「休憩……あ」
「ん?」
館町先輩がぐいっと近寄ってきた。わたしは思わず後ろに引く。
「お昼休みって、いっつもそこに集まって練習してるんですか?」
「そこって、そこ?」
菅凪先輩が指差した。その方向は、いつも王子くんがダンスの練習をしていたウッドデッキだ。
わたしが頷くと、先輩たちは首を振った。
「いや、ハルちゃんが舞台とかドラマとか、ソロの仕事があって振りを入れるのが遅くなったときには集まって練習してるけど、いつもじゃないよ」
「……え?」
おかしいな。わたしがここを通るとき、王子くんはいつもここで練習している。てっきり、そういうふうに決めているんだと思ってた。
「王子くん、いつもここで一人で練習してますよ。お昼は友達とも食べてないみたいです」
そう言うと、菅凪先輩と館町先輩は顔を見合わせた。それからして、眉間に皺がよる。苦虫を噛み潰したような表情になる。
……わたし、何か変なこと言ったのかな。
「……あいつ」
「そういうことか」
「え、なにが」
館町先輩は少しイラついたように言って、前髪をかき分けた。その姿さえも画になる。
「ごめん、解決した。いきなり呼び出してごめんね」
「いや、それは全然、大丈夫です」
「じゃあ俺たち行くわ。森山、ありがとな」
「おう」
「逢沢さんも、ありがとう」
振り返りざま、思い出したように言われる。二人は生徒会室から飛び出すと、どうやら走っているようで廊下に足音が響き渡る。
……どういうこと?
何が何だか、サッパリわからない。完全にわたしは置いてけぼりだ。
「……じゃあわたしも、教室に戻りますね」
「うん。おつかれ」
「おつかれさまです」
結局、なんだったんだろう。ウッドデッキの前に立ちはだかるガラス戸に触れる。手のひらにガラスの温度がうつって冷たくなる。
ここで練習している王子くんの話をしたら、二人は顔色が変わった。その様子は、王子くんが練習熱心ですごい、というふうな感じではなかった。
なにが引っかかったんだろう。
とは言え、考えてもわたしには理由はわからなかった。