これはきっと、恋じゃない。
音楽祭の準備を終えて、帰宅後のことだった。
自分の部屋で明日の英語の予習をしていると、どたどたと激しい足音がした。かと思えば、適当なノックと共に返事をする間もないままに、ドアが開けられた。
「千世!」
「なに! 返事聞いて開けてよ!」
「ドラマ! いまやってるドラマ、王子遥灯出てるよ! 見なさい!」
「え、いやでも課題――」
「そんなのあとでもいいでしょ! ほら!」
ほとんど引きずられるようにされながら、わたしはリビングに向かう。
ソファではママが一生懸命テレビを見入っていた。その熱っぽい視線を辿った先に、王子くんがいた。黒の学ランで。
「うっほー、王子遥灯の学ランは初だわ! かわいいー!」
「そうなの?」
「そう! ブレザーばっかだからね」
たしかに王子くんは、学ランよりもブレザーの方ばかりな気がする。英城もブレザーだ。
『……あの人は、僕のことが嫌いなんだよ』
ベンチに座った王子くんは、少しだけ目を潤ませ虚空を見つめてつぶやいた。
どんな役柄なのかは、途中から見たせいでよくわからない。でもその表情に、わたしはすぐに引き込まれた。
演技がすごく上手い。詳しくはわからないけど、そう思う。話す横顔は切なくて、気持ちが生々しく伝わってくる。
「演技、うまいね……」と、ママが呟く。
「劇団出身だからね」
「そうなの?」
「うん。11歳まで劇団育ち。舞台も出てたし、子役でドラマも何個か出てた」
「へぇ……」
ママと声がそろう。いつのまにか、ママまで王子くんのこと好きになってるんじゃ……。
「なにに出てた?」
「トマトの庭とか、父と子とか」
「うわ見てたじゃん」
「そうなのよ」
知らなかった……。
トマトの庭も父と子も、ママが好きだったから見ていた。意外とわたしは早くに王子くんと出会っていたらしい。
「千世、トマトの庭は配信あるから見な」
「見れたら見る」
『きっと捨てたとしても、痛くも痒くもないから』
静かな怒り。でも、どこか諦めているような表情。言語的な演技もうまいけれど、言語じゃない表情とか動作にも感情が込められている。
王子くん、というよりかは、この男の子が実在していてノンフィクションでも見ているようだった。メインで張ってる俳優さんたちに引けを取らないほど、自然な演技だと思った。
『こんなこと聞いて、どうしろって感じですよね』
そう苦笑する表情は、胸を打つ。
みんなで息を詰めて見入っていると、テーブルの上に置いたわたしのスマホが震えた。