これはきっと、恋じゃない。
わたしのお姉ちゃんは、楢崎永久が所属しているcipherというアイドルグループのファンだ。ファンクラブにも入っているし、よくコンサートに出かけて行っている。ちなみに推しは楢崎永久。だからドラマもすすめてくるのだ。
「セレピは5人組ね。そのうち2人は3年でずっと英城だったんだけど、この度なんともう1人高校生だった王子遥灯(おうじ はるひ)が転校して来たの」
「じゃあ、転校生も遅刻っていうのは」
「そ。そこにいる王子くんってわけ」
なるほど……。
わたしは人だかりができている方に視線を向ける。分厚い女子の壁によって姿は制服くらいしか見えなくて、肝心の顔はまるで見えない。
アイドルと同じクラスか。
なかなかないことだし、すごいなぁ。
それにしても。
「王子遥灯って、名前からしてアイドルだね」
「そうなのよ。でもね、それで顔も名前負けしてないんだから、すごいんだよ」
「へぇ、どんな感じなの?」
「待ってね」
亜子ちゃんがそう言いながらスマホを取り出したとき、チャイムが鳴った。そろそろ先生が戻ってくるころだろう。席に着いていないとなにを言われるかわからない。
「あ、わたし行くね」
「おっけ。画像はメッセージに……あ、今よ、見て見て!」
わたしが席から立ち上がったと同時に、その人だかりが少し崩れた。
「王子くんまたね!」
「私も遥灯くんと同じクラスがよかったな〜」
「――え」
その席に座っていた男の子を見た瞬間、わたしは言葉を失った。
「千世?」
だって。
――だって!
そこにいた男の子は、さっきわたしとぶつかってスマホを拾ってくれた、あの男の子だったから。
「……さっきの」
名残惜しそうに、猫撫で声と後ろ髪全部引かれるような勢いの女の子たちは、王子くんからとてもゆっくりと離れながら手を振っている。その子たちに笑顔で手を振っている姿を呆然と見ていると、王子くんがなにげなくこちらを一瞥したそのとき、目があった。
王子くんはわたしに気がついたのか少し目を見開くと、またあのちょっと無理したような笑顔を浮かべた。身体から、力が抜けていくような気がした。
「なに、千世認知されてるの?」
亜子ちゃんの声に我に返り、パッと視線を逸らして立ち上がった席によろよろと座る。
「……話すと、少し長くなるの」
「なにそれ気になる」
こんなことになるとは思わなかった。思うわけがない。
心臓は、ドキドキしていた。