これはきっと、恋じゃない。
9.雨催いの帷
雨の音楽まで、いよいよあと1週間。
今日は、大道具係になった王子くんと中村くん、わたしと亜子ちゃんで大道具を作ることになっている。
けれど亜子ちゃんと中村くんは、美術室に足りなくなった絵の具を取りに行ってくれている。
劇に出る人たちは講堂にいるから、教室にはわたしたちくらいしかいない。さっきまでいたはずの王子くんも、いつのまにか姿を消していた。
自販機にでも行ったのかなぁ。
みんなが戻ってくるまで、生徒会の資料でも見とこうかな。そう思い、カバンからファイルを取り出したときだった。
「逢沢ー」
職員室に戻ったはずの佐藤先生が近づいてきた。
「え、なんですか」
もしかしてまた王子くんのこと?
でも、……思えば、あの日佐藤先生と話した後くらいから王子くんはよく学校に来ている気がする。
「また、ですか」
「ちがうちがう、進路調査書」
「……へ?」
先生は催促するように手をひらひらさせる。
進路、調査書?
「へ? じゃないから。逢沢だけだぞ、まだなの」
「あ――」
そういえば、そうだったかもしれない。
ファイルの中を見てみると、なにも書いていない配られたときのままの進路調査書が出てきた。
……うっわぁ、すっかり忘れてた!
「書いてないじゃん」
「あはは……」
第一志望。大学名、学部学科。全て空白。
「しっかりしろよ。明日には絶対出せよ」
「はーい……」
先生が去っていくのを見送りながら、クリアファイルから進路調査書を取り出す。
……亜子ちゃんはきっと、特に何も迷うことなく書いたんだろうな。ずっと芸術系に進みたいって言ってたし。
とりあえず、名前だけでも書こう。
よく青春モノのマンガや映画で、進路調査書を紙飛行機にするのを見かけるけど、まさしくそんな気分だ。わたしもこの窓から飛ばして、そんな現実からは目を背けたい。
でも、そんなことをしたら絶対怒られる。
――期待はずれ。
――信頼してたのに。
……それはぜんぶ、勝手にされるだけなのに。
「……はぁ」
耐えきれなくなって、思わず突っ伏したときだった。