罠にはまって仮の側妃になったエルフです。王宮で何故かズタボロの孫(王子)を拾いました。
王都に着いた私達は、食肉市場でお買い物をすべく、果物市場や魚市場を通り抜ける。
うきうきしている私と違って、ルーファスは借りてきた猫みたいに、私の後ろを静かについて回っているだけだった。けれども、目線はきょろきょろと忙しそうに動いている。興味津々みたいで、なんだかんだ楽しんでいるようだ。
ただし、私がいろんな店の人から、「サンディ今日も美人だね! 買っていかない?」「サンドラ、いいの入ってるよ! かわいい子向けだよ!」と声をかけられているのを見ては、眉に皺が寄っていた。なんでだ?
「ドラちゃん、今日もかわいいねー」
「おじさん、よく分かってる! いいの入ってるの?」
「今日は珍しく、鮎が大量でね。お肉なんかより、どうだい?」
いつもお世話になっている魚屋のおじさんが、声をかけてくれる。
どやっといい笑顔で見せてくれたのは、大量の新鮮な鮎だった。鮎! 私の大好物である。つやっつやの、ぴちぴち……。
「うわー美味しそう! 負けてくれるなら、買っちゃおうかな〜」
「ドラちゃんがそういうなら仕方ないねえ。ほれ、何匹買う? 20匹かい?」
「うーん、これは多分、おかわりが出るよねぇ。えーい、45匹!」
「気前もいいとくらぁ! よし、このぐらいでどうだ!」
「安い! おじさん大好き!」
45匹の鮎を袋に入れてもらい、それを持ってきた密封できるバッグに仕舞い込む。王宮で、魚の匂いをさせる訳にはいかないのだ。
ついでに、今日のお魚屋さんは一味違った。
なんと、生の魚を売ってるだけじゃなくて、隣で、炭で焼いた塩焼き鮎も売ってくれている! これは買わずにはいられない。
「ルー、これ食べながら行こう! おじさん、焼き鮎も二本!」
「えっ、でも」
「はいよ、毎度ありー」
「おじさんありがとう! またね!」
「明日も待ってるよー!」
私は強引に二本の焼き鮎を買うと、一本をルーファスに手渡す。
ルーファスが、ごくりと唾を飲んだのがわかった。
「美味しいよ。骨まで食べられるんだから」
「でも、森花さんがいないのに」
「市井で売ってるものに毒を盛るやつなんていないわよ。皆の商売や外交、観光に影響が出るからね」
そう言って、私は鮎にかぶりつく。
「うんまーい! 美味しいぃ」
ふわっふわの鮎の身に、塩だけの味付けが堪らなく美味しい。
これだけ美味しい鮎だ。今日は絶対に一人二匹は食べるだろうな。男子組は三匹かもしれない。
火花ちゃんに協力してもらって、うちでも炭火の塩焼きにしようかな。
私が美味しそうに鮎を頬張っているので、ルーファスも恐る恐る、焼き鮎を口にする。
「うわ、美味しい」
「でしょ? 今日はせっかくだから、色々買い食いとかもしちゃおう」
あっという間に消えてしまった鮎を見て、私はにんまりと笑う。
買い食いを躊躇っていた癖に、あっという間に鮎を平らげてしまったルーファスは、バツが悪そうに頬を赤くしながら頷いた。
それから私達は、焼きまんじゅうや棒に刺さった甘菓子を買って食べながら、ゆっくりと市場を通り過ぎていく。
ルーファスも慣れてきたのか、「あのお菓子が食べたい」だの「あれは何?」「これも美味しそう」と、いつもの元気を取り戻していた。
ふと、ルーファスが、ある露店で立ち止まっていた。
「どうしたの? 欲しいものがある?」
目線の先を見ると、紫色の小さな宝石がはまった、かわいい指輪だった。
「……っ、別に、なんでもない!」
「ん? 多分女物だね。何なに、あげたい子でもいるの?」
返事がない。おや? これは本当に、当たってしまった?
「……あげたい子は、いる」
つい、目を丸くする。そっか、ルーファスももう、そんな年なのか。
耳まで真っ赤にしながら、こちらを見ない彼は、私の知らないうちに大人の階段を登っていたらしい。
「でも、お金とか持ってないし」
「……なあに、そんなことで落ち込んでるの?」
「そりゃあ、落ち込む」
んー、と私は考え込む。
確かに、王子や王女達は、現金を持つことはない。予算は貰っているけれども、金額が金額なこともあり、親達が管理していて、お小遣いのように自分達で使えるお金を与えられるのは、まだ先の話だった。
「家に戻ったら、このぐらいのものならなんでも買ってもらえるよ」
王宮の予算からでも、フリーダちゃんの実家からでも、なんでも買ってもらえるだろう。
「それじゃ、意味ないんだ」
「私が買おうか?」
「絶対にやめて。……行こう」
ルーファスは、有無をいわせず、私の手を引いて先へ進んでいってしまう。
けれども、分かれ道が来たところでぴたりと止まってしまった。
「道が分からないんでしょう」
「……どっち」
「どっちだろうね」
「サンドラ様!」
頬を赤くして怒っているルーファスは、やっぱり可愛い。
その頭を、嫌がられながらもぐりぐり撫でて、「左だよー」と答えを教えてあげる。
「もう、行くよ!」
「ふふっ」
「なんでそんな、嬉しそうなの」
なんでだろう。自分でもよく分からない。
「ルーファスが恋をして、嬉しいような、寂しいような」
「……嬉しいの?」
「そりゃあもちろん。ルーには幸せになって欲しいんだよ」
「……そう」
それから、しばらくルーファスは落ち込んでいたけれども、結局街の喧騒に引き摺られて、最後は笑顔になっていた。ちょろいお子様である。
結局、普段1時間で終えている買い物に、しっかり2時間も使ってしまった。食肉市場でお肉を買って、元の場所に戻った頃には、時間はギリギリだ。
「そろそろ帰ろっか。15時に遅れるとラッセルがうるさいし」
「……」
しまった、ラッセルのことを口に出すと、ルーファスはいつも機嫌が悪くなるのだ。
それ以上何も言わず、私はルーファスを箒の後ろに乗せて、行きと同じように、空を通って王宮に戻る。
「ルーファス、今日は楽しかったね。一緒に来てくれてありがとう」
私がお礼を言うと、ルーファスは、私の腰に回している手に力を入れた。
「……僕が迷惑をかけると、いつもサンドラ様はお礼を言う」
「迷惑じゃないよ。楽しかったもの。毎回ついてくるなら、確かにちょっと困るけど」
私は一応この道中、ルーファスが誘拐等の危険に晒されないよう、ずっと気を張っていた。まあ、正確には、私を守っている雷花ちゃんが気を張っていたので、私はノー天気なものだったのだが。毎日となると、ちょっと気疲れしちゃうかもしれない。
私の言葉を聞いて、ルーファスは、ポスンと私の肩に、後ろから頭を埋めた。
「ルーファス?」
「……」
「まだまだ甘えん坊さんだねぇ」
けらけら笑っている私に、ルーファスは、聞き取れるか聞き取れないかという小さな声で、ぽつりと呟いた。
「……僕だって、サンドラ様のこと、綺麗だと思ってる」
え!? ちょっとなに、どうしたの。聞こえちゃったんだけど。聞いてないふりした方がいい?
結局、私達はそこから、私の棟に帰るまで無言だった。
別に照れていた訳ではない。相手はたった12歳の子どもだ。ちょっと褒められたからって、こんなふうに狼狽えてしまうなんて、そんなことはあってはならないのだ。
本当に、ルーファスはどうしちゃったのだ。恋か。恋がこの子を、こんなマセた子に育ててしまったのか。恋愛スキルにおいては、お義婆ちゃんよりもはるかに伸び代があるようだ。恋ってすごい。
私は少しだけ、ルーファスが好きな子が誰なのか、気になってしまった。もちろん、ほんの少しだけだ。
そして、ほんの少しだけ、寝る前のベッドの中でゴロゴロしながら悩んでしまった。