罠にはまって仮の側妃になったエルフです。王宮で何故かズタボロの孫(王子)を拾いました。

4ー4 魔女と呼ばれた女の怒り



 ルーファスがもうすぐ18歳の成人を迎えようとしていた、17歳の冬。

 ルーファスは、暗殺者に刺された。

 未成年であるルーファスは基本的に、後宮から出ることは少ない。
 14歳を過ぎたあたりから、王宮での教育が始まったけれども、私の傍を離れるときは、ラッセルとアリエルちゃんにゴリ押しして、二人の近衛を必ずつけるようにさせていた。二人は既に国の頂点なので、その近衛は二人に忠誠を捧げていて、裏切る可能性が限りなく低いのだ。
 何より、王子は一塊、王女は一塊で教育を受けるようにし、それぞれに闇花ちゃんと雷花ちゃんの護衛をつけた。ここまでしていたので、王宮での隙は全くないはずだった。

 しかし、勉強中に、王太子教育のため第一王子と第二王子だけは別室へと促され、闇花ちゃんが守る他の王子達から引き剥がされたらしい。
 もちろんルーファスは怪しく思って最初は断っていたようなのだけれども、隣室だから大丈夫だと言われ、レイモンドと二人、渋々着いていったところ、その侍従が刃物を振り回し始めたのだとか。

 私のうちに通っている王子達は、今思えば護身のためだったと思うのだけれども、チャンバラごっこと称して組手や剣の練習をしていて、身体能力が高い。闇花ちゃんも近衛もすぐに気がついてその侍従を取り押さえたので、ルーファスが左腕をナイフでかすめられただけですんだ。

 けれども、その掠めたナイフに、毒が塗ってあった。

森花(フォリファ)ちゃん、何の毒!?」
『蛇』
「蛇!?」

 蛇の毒には、血清という薬を作ることができる。だから、暗殺者が使う毒は、蛇毒が多いらしい。扱っている最中に、自分が毒に侵されないとも限らないからだ。

 しかしこの血清というやつは、同じ種類の蛇毒に侵され治った後の動物の血を輸血する、というものなので、今から同じ種類の蛇に噛まれていても遅いのだ。なんなら、今後はルーファスの血が、その蛇毒の血清になるだろう……。

 私は王宮図書館にあるの蛇の図鑑を森花ちゃんに見せ、蛇の種類を特定してもらう。
 そして、ラッセルと王宮医療士長を呼んだ。

 案の定、国王のみが入れる宝物庫に、蛇毒の血清は、しこたま保管されていた。

 宝物庫に血清があると分かると、欲しいという者が絶えないし、いざ国王が使おうと思った時に足りないでは話にならないので、秘匿されているらしい。

「今使わなくていつ使うの!」
「こうした毒への対策を練ることも、王太子になるために必要なプロセスで……」
「ふざけんじゃないわよ! 子どもを守るのが、親の、祖父の務めでしょうが! 国王が王子を守らなくて、誰が守るっていうの!」

 密室でやり合っている私と王宮医療士長を横目に、ラッセルは何かを考えるようにして静かにしていた。
 そして、ふと、口を開いた。

「血清を打て」
「――陛下!」
「私の孫だ。孫のために、同じ毒で私が死ぬなら本望だ」

 私は、ラッセルに抱きついた。――初めて、彼を抱きしめた。

「ラッセル、見直した!」

 そう言って、すぐに離れる。
 驚いていた彼は、反応が遅れてしまったのだろう。
 離れてしまった私を、再度抱きしめようと手を伸ばしてきたけれども、「あ、そっちから私に触ろうとしたら電撃が走ると思うよ」というと、本当に悲しそうに手を下ろした。

 ルーファスの摂取した毒は致死量だったらしいけど、血清のお陰で、彼はものの見事に回復した。

 最悪、血清を取り込んでいるであろう暗殺者本人の血を使うことも考えたけれども、暗殺者という職業上、他に変な病気を持っていそうで嫌だったので、王家の血清を使うことができたことは、本当に僥倖だった。

 元気になったルーファスを見て、フリーダちゃんはもちろん、ラッセルもアリエルちゃんも、本当に嬉しそうにしていた。

 そして何より、うちに通いで来ている側妃達や子ども達も、涙してルーファスの回復を喜んでいた。
 特に、レイモンドは号泣だった。

「にーちゃんごめん、にーちゃん……」

 いつもの《兄上》じゃなくて、小さい頃の呼び名に戻ってしまっている。何やら、最初に刺されそうだったのはレイモンドで、それをルーファスが庇ったせいで、ナイフが腕を掠ってしまったらしい。

「ルーらしいね」
「……心配かけて、ごめん」
「うん。本当に、心配した」

 皆に囲まれて、ルーファスはなんだか、とても照れくさそうだった。けれども、とても嬉しそうだった。
 そこあったのは、血で血を洗う骨肉の争いを続けた者達の姿ではなく、お互いを大切にする《家族》の姿だった。



 深夜、私はルーファスの寝室を訪れた。
 毒の症状がなくなったとはいえ、まだ体力が回復していないのだろう。昼間あんなに寝ていたのに、夜もすやすやと熟睡している。

「ルー」

 ベッドの横の椅子に腰掛け、そっと読んでみたけれども、反応はない。
 穏やかな寝息が、寝室に響いている。

「ルーのことは、私が守るからね」

 ふわふわの金色を撫でて、私はそっと部屋を出た。

 私にだけ、できることがあった。子ども達のために、私の家族のために、できること。

< 13 / 20 >

この作品をシェア

pagetop