罠にはまって仮の側妃になったエルフです。王宮で何故かズタボロの孫(王子)を拾いました。
棟に帰ってお風呂に入って、ベッドにたどり着いたら、もう深夜3時だ。
夜会ってなんだ、こんなに大変なのか。
私は服を脱いで帰るだけだったけれども、侍従達は0時を過ぎても後片付けをしていたのだと思うと、頭が上がらない。明日、朝ごはん作るのに起きられるかな……アリエルちゃんは、10時には来られないと言っていた……。
コンコン、と扉が叩かれて、私は目を瞬く。
「どうぞ」というと、思ったとおり、可愛い私の子が部屋に入ってきた。
「ルー」
「なんて格好してるんだ!」
勝手に入ってきておいてなんだ。もう寝るんだってば、疲れたんだもん。
ちょっとくらい布団でゴロゴロして、寝巻きがはだけて足が見えていても仕方がない。
「えー、もう寝るんだってば」
「……少しだけ、話がしたくて」
「明日じゃだめ?」
「……」
「もー、ほら、おいで」
ベッドに座って、自分の横のスペースをぽんぽん叩くと、「遠慮する」と言って座ってくれなかった。最近、ルーファスは私に反抗的なのだ。
「もう、何?」
「今日のあれは、僕のため?」
「……どう思う?」
「質問に質問で返すのはだめだよ」
私は、ふう、とため息をついて、立ち上がった。
ルーファスの目の前まできて、顔を見上げる。
もう、ルーファスの身長は、私の身長を遥かに越していた。確か、182センチだったか。分かってはいたけれども、本当に巨人に育ってしまった。
「私のためだよ」
「……」
「私が嫌だったの。ルー達が、毒まみれの世界で生きているのが、嫌だった」
私の顔をまじまじと見た後、ふい、とルーファスは目を逸らした。
「でも、あんなふうに人前に出るのは……嫌だったはずだ」
「ん? どうして?」
「だって、サンドラ様がお祖父様の側妃だって、知れ渡ってしまった」
私は目を瞬く。そんなことを気にしていたのか。
「知れ渡るっていうか、事実だしね」
「でも! お祖父様は僕の知る限り一度だって、サンドラ様のところに通ってきてない! サンドラ様だって、お祖父様の部屋には行ってないじゃないか」
「え? いや、あの、え?」
「……っ、もしかして、毎日15時のお茶会って」
「何を言い出すんだぁこのエロがき!!!!」
ばちーんと両手で頰を挟む。大した力じゃなかったと思うけど、痛かったことは痛かったと思う。
「サンドラ様は、お祖父様とそういう仲じゃないんだろう?」
「は、はあ? だ、だ、だったらなんだっていうの」
「僕が、欲しい」
ふわり、と抱きしめられた。
え? 何、どういう。どういうことなの。え?
「サンドラ様が欲しい。……お祖父様の側妃としてお披露目されるくらいなら、僕は毒まみれでもよかったくらいだ」
「毒まみれでいい訳あるか! 私が嫌よ、そんなこと言わないで!」
「そういうことを言うから、僕はますます夢中になってしまうんだけど。……例え見せかけだけだったとしても、お祖父様の妻だと公言するなんて……。サンドラ様にも、嫌だったと思っててほしい」
私を抱きしめたまま、ルーファスはそんな恥ずかしいことを、私の耳元で囁いている。
私はもう限界だった。夜会で、慣れないことをして、慣れないことを言って、疲れ切ったところに、この不測の事態。恋愛慣れしていない私に、まさかの攻撃。取り繕う余裕は全くない。
「……エルフって、こんな耳の端まで真っ赤になるんだ」
「ルー!」
怒って身を捩ったけれども、全く抵抗できない。いい体格に育ったなぁ、おい! 私のご飯のおかげか! よかったけど、今はよくない!
「後数ヶ月で、僕は成人だ。ここにいられなくなる」
はっとした私は、身を固くする。そうだ、王子は成人したら、王宮にその住まいを移す。後宮にいられるのは、側妃と、未成年の王子王女だけだ。
「陛下に、サンドラ様の下賜を願い出ようと思ってる」
下賜。私は初めて出てきたワードに目を丸くする。
じーちゃんの妻を、孫の妻にするために、じーちゃんから下賜する。え、それってありなのか? ちょっと色々と近過ぎない?
「ルーはそんなに私のご飯が食べたいの?」
「そうじゃない! サンドラ様と一緒に暮らしたいんだ!」
「だから私を側妃にするの?」
「もちろん正妃だ」
第一王子の正妃だと?
「無理。私はエルフだから! 私を娶った時点で、国王になれなくなるわよ」
「僕は国王にならないよ。母は平民で、コネクション的に無理だ。国王は、母親が貴族のレイモンドかロドニーがいいだろうって皆で話し合った。うちに通っている面子は、全員納得してる」
ちょっと、しっかり考えてるわね!? 5歳の時から、妙にリアリストなところがあるとは思っていたけれども。
「だから、後はサンドラ様の気持ちだけだ。そのはずだった。なのに、今日、こんなことをして」
「ルー」
「僕のためなんだろう? 僕が不用意に、毒殺なんかされかけたから。だから……」
「違うわ、ルー。私が」
「僕は嫉妬で狂いそうだった」
ルーファスの腕に、力がこもる。
その強い力に、私は何も言えなくなってしまう。
「綺麗だったよ。僕の美しい人。サンドラ様が、お祖父様の側妃として、あんなふうに皆の目に晒されて、僕は……」
それだけ言うと、ルーファスも黙り込んでしまった。
私は、ただただ困り果てていた。一体、どうしてこうなったのだ。今日の今頃は、色々とやりきった思いで、いい気持ちでぐっすり熟睡しているはずだったのだ。こんな難しい問題にぶち当たって、困っているはずではなかったのだ。
こんな、胸がドキドキして、早鐘のように打っていて、なんだかずっとこのままでいたいだなんて思う予定はなかったのに。
「……考えたけど、僕のやることは変わらないね」
「え?」
「サンドラ様は、僕のこと、好きだよね?」
「……え?」
至近距離でにっこり微笑まれて、私は「え?」「え?」と、壊れた人形みたいに目を瞬くことしかできない。
「嫌だったら、避けて」
そう言うと、ゆっくりとルーファスが近づいてくる。
そっと唇に触れた温かい感触に、なんだか恥ずかしくて顔を背けようとしたけれども、頭の後ろから押さえ込まれて、何度も角度を変えて触れ合わされてしまった。
「……サンドラ様、愛してる」
「う、……あ、の」
最後に、ルーファスは私の額にキスを落とした。
「絶対手に入れてみせるから、待ってて」
そう言うと、するりと私の手に何かをはめて、そのまま部屋を出て行ってしまった。
なんだ。今、何が起こったのだ。
左手を見ると、その小指に、いつか見た紫の指輪が嵌められていた。
あげたい人が、いるって、言ってた……。
私は、その場に崩れ落ちた。