罠にはまって仮の側妃になったエルフです。王宮で何故かズタボロの孫(王子)を拾いました。


 そんなこんなで、私は毎日、10時にアリエルちゃんと、15時にくそラッセルと、お茶をしていた。

 アリエルちゃんとは週一のはずだって?

 そのはずだったんだけど、あの子、呼ばなくても毎日来るんだもの。

「お姉様、今日のお菓子はなんですか?」
「私お手製のスフレよ」
「嬉しい! スフレってことは、あの馬鹿男は食べられないのね」
「スフレは時間が命だものね。午後に別途焼く予定は当然ないから、私達だけのものよ」

 そういいながら、口が汚くなってしまったアリエルちゃんを窘める。

「だってお姉様、あんなやつ、尊敬に値しないわ」

 アリエルちゃんがラッセルを見限ったのには訳があるのだ。

 私がアリエルちゃんをお茶に誘ったのは、アリエルちゃんと仲良くなるためだ。
 仲良くなりたかったのは、日々を穏やかに過ごしたいという理由の他に、もう一つ理由がある。この、破産者の腕輪の鍵を入手して、外してもらいたかったのだ。
 他の人なら罰を受けるかもしれないが、妻であり、一人息子の母であるアリエルちゃんが、手ずから私の鍵を外したのであれば、ラッセルも文句は言えないだろう。
 そう思った私は、アリエルちゃんの警戒が解かれた頃に、私の鍵を外してくれるようお願いしたのだ。

「アリエルちゃん、お願い」
「でも……」
「外れたら、すぐ出ていくから。その方が、アリエルちゃんとしても安心でしょう?」

 なんだかんだ、アリエルちゃんはラッセルのことが好きだし、息子の将来的にも、私がラッセルの寵愛を一身に受けている現状を憂えている。
 だから、私のお願いに最終的には折れてくれて、ラッセルの部屋から盗ってきた鍵を私に渡してくれたのだ。

「アリエルちゃん、ありがとう!」
「私のためでもありますから」

 そう言って憂鬱そうな顔をしたアリエルちゃんが、私の腕輪に鍵を当てる。
 鍵についている宝玉が光って、文字が浮かんできた。

「ん? 解除の条件を満たしていない?」
「ここを押すと、条件が見られるみたいです」
「ふーん。じゃあ押してみて」
「はい」

 女二人で、鍵の宝玉を覗き込む。

 覗き込む。


 覗き……。


「えっ……気持ち悪い」


 アリエルちゃんの恋心が砕ける音がした。

 鍵の宝玉に浮かび上がった言葉は次のとおり。

『乙女の間は鍵は開かない』

「…………」
「…………」

 あいつ、マジ最低だわ。
 何なんだ、私が今まで全然モテなかったことまで赤裸々になってしまったじゃないか。
 はっ、違うわ。モテなかったんじゃない。今まで恋愛とかしたことなくて、好きになった人すらいないもの。モテなかったんじゃなくて、運命のいたずら。私の気持ちが揺れるような相手と、出会ったことがなかっただけ……。

 羞恥と怒りで顔を真っ赤にして黙り込んでいる私に、アリエルちゃんが問いかけてくる。

「サンドラ様、初夜は?」
「……」
「何もなかったのですか」
「……」
「今後も何もない予定ですか?」
「もちろんよ……ていうか、私の結界のこと、知らされてないの?」

 アリエルちゃんはパチクリと目を瞬く。
 どうやらあの変態は、結界に阻まれて私に指一本触れられていないことを、アリエルちゃんに隠していたらしい。なんなのだ、男の沽券ってやつか?

 私から真相を聞いたアリエルちゃんは、ポツリと呟いた。

「じゃあ、世継ぎはこれまでもこれからも、私のリチャードだけ?」

 言外に、私が今後一生ラッセルに惚れることはないと言っているアリエルちゃん。なかなかにラッセルへの評価が厳しい。
 ともあれ、それを否定する要素はないので、私は頷いた。

「私があの変態を好きになる可能性はなかったし、この鍵の文字を見てさらにその事実は強固なものになったから、そのとおりだと思うわ」

 私の言葉に、アリエルちゃんは何かを計算するかのように考え込んでいる。

 ……なんだか、このまま考え込ませて、結論を出させてしまってはいけない予感がする。ど、どうしようかしら。

 私の逡巡を知ってか知らずか、アリエルちゃんは、ぱっと顔を上げて私をみた。
 何か吹っ切れた、晴れやかな笑顔だ。

「お姉様」
「お姉様!?」
「諦めましょう。腕輪はこのままでいいと思います」

 いい訳あるか!

「お姉様は腕輪が外れたら、私に会いにきてはくれないでしょう?」
「え? ちょっとしたらまた会いにはくるわよ。友達だし」
「ちょっとってどのくらいですか?」
「うーん、20年くらいかなぁ」

 元々この大陸をぐるぐる巡ってから、一度実家の村に帰る予定だったのだ。そしてここに戻ってきたら、大体そのくらいの年月はかかるだろう。
 考え込んでいると、アリエルちゃんにそっと右手を握られた。うるうるお目目が扇状的で美しい。

「お姉様、旅に出るより先に、私の傍に()()()()()()いてください」
「え?」
「あんな変態と二人で残されるなんて、私、嫌です。それに、お姉様は派閥争いに関係がないし、私、お姉様とのお茶の時間が毎日の楽しみで……」

 私はアリエルちゃんに毒を盛られて以降、自分専用の台所を作って、自分でご飯もお菓子も作っている。材料は精霊に調達してもらっているから、私以外の王宮の人間の手を経ていないのだ。
 そもそも毒を盛られていたら私の精霊友達がすぐに気が付いてくれるので、そこまでする必要もないのだが、毒を盛るチャンスがないと見せつけるのも大切ということで、私は自炊を続けている。
 そんな安全安心の私の手料理を、私のタメ口トークを聞きながら食べるのが、殺伐とした王宮内でのアリエルちゃんの癒しなんだとか。それで最近、毎日来てたのか……。

「お姉様に好きな人ができるまででいいんです。ね、お願いお姉様」

 首を傾げておねだりするアリエルちゃんは最高に可愛い。人妻とは思えない。いや人妻だから、こんなにあざと可愛いのか。


 こうして私は敗北した。


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