罠にはまって仮の側妃になったエルフです。王宮で何故かズタボロの孫(王子)を拾いました。
こうして私は敗北した。
日がな毎日、王妃のアリエルちゃんと、国王のラッセルがお茶しに来る。
それを、ゴシップ紙片手に、私が手料理でもてなす。
10年、20年と経つと、段々、アリエルちゃんとラッセルは一緒に私のところにやってくるようになってきた。
二人は好き放題に仕事の愚痴を言いながら、スッキリした顔で帰っていく。
段々と年老いてくる彼らは、呼び捨てタメ口で接してくれる人に飢えているのだとか。ラッセルはともかく、アリエルちゃんまで変態の仲間入りをしたようで少し寂しい。
40年ほどそれを続けていたら、ラッセルが倒れた。
病気というよりは、寿命らしい。人間て60歳程度で死ぬの!? 早くない?
「馬鹿と変態は死なないと思ってたんだけど」
「君はいつまで経っても、口が減らない」
嬉しそうにそんなことを言うラッセルは、もう寝たきりだ。もって後数日だろうと、医者も言っている。
「結局、私に触れるようにならなかったじゃないの」
「まだ猶予がある」
「まだ頑張る気なの!?」
「ラッセル様、最低ですね」
私にそんなクズな返事をしているラッセルに、アリエルちゃんが相変わらず厳しいツッコミを入れている。何年経っても、その厳しさは変わらない。けれども、そこには段々と、温かい響きが含まれるようになってきていた。
そんなこんなで今際の際、ラッセルの傍には、私とアリエルちゃんが控えていた。本人の要望で、同じ部屋にいるのは、私達二人だけだった。
「サンドラ」
「何よ」
「君を、愛している」
私は目を瞬いた。
初めてだ。この変態野郎は、初めてまともに、私に愛を囁いたのだ。こんな、最期の、ぎりぎりの駆け込みで!
「今更すぎるわ!」
「今なら、返事を聞かずに言い逃げできる」
「さ、最低」
「そうだな。君の前では……君とアリエルの前では、俺はただのクズ野郎だ……」
心の底から楽しそうな笑顔に、私は本気で腹を立てる。
言い逃げとはなんだ、権力を振り回して好き勝手しておいて、そんなヘタレが許されると思っているのか。
「ありがとう。君は本当に、いい友人だった」
目から出た液体でぐちゃぐちゃになっている私の顔を眺めた後、ラッセルはアリエルちゃんに向き直った。
「アリエル」
「何ですか、クズ野郎」
「君も大概、最後まで手厳しい」
「あなたも最後まで変わりませんでしたね」
「おいおい、過去形でいうんじゃない。まだ俺には未来があるんだ」
「まだ頑張る気ですか」
憎まれ口を叩くラッセルに、アリエルちゃんは呆れたようにそう口にする。
けれども、その両手は、ラッセルの手を強く握りしめていた。
「アリエル、君を愛している」
「……」
「愛しているんだ。信じてもらえないかもしれないが……君はこんな不義理な俺に勿体無い、最高の妻だ」
「今更すぎます」
「そうだな。今更だ。……でも、間に合ってよかった」
そう言うラッセルの目は、もう何も見ていない。
「二人がいてくれたから、本当に楽しかった。楽しい旅路だった。悔いは……」
しばらく間があった。どうした。悔いがあるのか。
「いや、待て。悔いはある。悔いだらけだ。やっぱりサンドラを抱きたかった。子どもだって作りたかったし、アリエルとの子だって、あと3人ぐらい作りたかった。こんな友人の距離じゃなくて、蜜月的なベタベタした爛れた関係にしたかった。二人の俺に対する扱い、俺の自業自得とはいえ、ちょっとドライすぎだ。俺の努力次第で、もうちょっと、なんとかできたんじゃ」
この腐れじーさんは、最後の最後に何を言ってるのだ。
「死にたくねぇ……」
そう言って、ラッセルは死んだ。
冗談じゃなく、死んだ。
最低の最後だった。
「クソ野郎でしたね」
ア、アリエルちゃん……。
恐る恐るアリエルちゃんの顔を見ると、笑っていた。
目からぼろぼろ涙を流しながら、それでも笑っていた。
「アリエルちゃん」
「お姉様ったら、お優しいのね。たかだかクズ野郎が死んだくらいで、そんなに泣いちゃって」
「今のアリエルちゃんに言われたくないわ」
「あら、私のは心の汗です。この何十年かを振り返ると、どうにも涙が出ちゃって」
「なら私も同じよ。とんでもない数十年だったわ」
「本当です。本当に、とんでも」
そこから先は、続けることができなかったようだ。
嗚咽を漏らすアリエルちゃんを、私はそっと抱きしめる。
なんなんだ、ラッセルの馬鹿野郎は。最後まで自分だけ、平常運転とは何事だ。
私は、私達はこんなに、動揺しているというのに。最後まで本当に、なんてずるい奴だ。
それから私達は、思う存分、わんわん泣き続けた。
アリエルちゃんは、ラッセルの後を追うように、それから1年後、静かに息を引き取った。
「私のことをちゃんづけで呼んでくれるのは、もうお姉様だけです」
そう言って、シワがいっぱいになった可愛い笑顔で笑ってくれた彼女は、もう傍にいない。
私は、窓の外を眺めながら、ふと思う。
アリエルちゃんのおねだりを叶えるべく、ちょっとだけとはいえ傍にいてあげたというのに、そのお返しはとんだ酷いものだった。
こんなに目が腫れあがって、こんなにご飯が美味しくなくて、こんなに胸が痛い。
だけど不思議と、あの時ここを出ていかなくてよかったなとも思う。
二人との時間は、自分で思っていたよりも、私の中で、とてもキラキラと輝いていた。