罠にはまって仮の側妃になったエルフです。王宮で何故かズタボロの孫(王子)を拾いました。
ズタボロ雑巾二人をお持ち帰りした私は、暇に任せて、何日もせっせと看病をした。
植物に詳しい森花ちゃんが、この葉のお茶が胃の粘膜を強化するから飲ませろ、と言って緑茶を差し出してきた。
私は、緑茶と、砂糖と塩を少し入れたぬるま湯を定期的に飲ませながら、二人の様子を見守る。
最初は警戒していた二人も、「試飲するわね!」と言いながら美味しそうに全部飲み干してしまい、結局2杯目を注ぐ私を見て、だんだんと安心しながら飲み物や食事を口にするようになっていった。
なお、毎日10時のお茶に来ているアリエルちゃんも、毎日15時のお茶に来たラッセルも、当然二人のことは知っている。
知っているし、心配もしていたけれども、私は国の重鎮二人を、ズタボロ雑巾二人には会わせなかった。まずは体力の回復が最優先だ。
「それでさ、あんた達って何者なの?」
二人を拾って三日位たった日、食事の材料の買い出しから帰って、15時のお茶の準備をしている私がポロッとそんなことを聞くと、ズタボロ雑巾二人はぎょっと目を剥いて私を見た。
「ご存じないから……助けてくださった?」
「いや、知ってても知らなくても助けるでしょ」
何を言っているのだこの子は。私、そんな鬼畜に見える?
当たり前のことを口にすると、二人はボロボロ泣き出してしまった。ちょっと、二人の正体は? 名前とかさぁ!
「ありがとうございます。ありがとう、ございます、……サンドラ様」
「ちょっと、私の名前知ってるの? 私は知らないのに!」
「そう、ですね。それはいけませんね……」
彼女は、体も弱り水分が不足しているというのに、ボロボロ泣いて、無駄に体力を消費していた。なんて、悪いズタボロ雑巾だ。罰として、小さなイレイザちゃんにしたみたいに、ぎゅーっと抱きしめてやった。
そうしたらもっとわんわん泣き初めてしまい、「もー、よく分かんないけど、あんまり無理しちゃだめよ?」と頭を撫でると、さらにわんわん泣いていた。
結局、名前を聞き出すのに成功したのは、それから30分も経った後だった。
なお、隣のベッドで、「僕も! ずるい、僕も! お母様ずるい!」と、小さいズタボロ雑巾が喚いていた。こっちは意外と元気だな。
残念だったな、君のお母さんが私にしがみついているので、私は動けないのだ。30分後、小さいズタボロ雑巾は、掛け布団のシーツを噛みながら、悔しそうにこちらを見ていた。うちのシーツを噛むんじゃない、私が洗濯してるんだぞ。
ようやく聞き出した話は、色々と最低だった。
大きいズタボロ雑巾は、リチャードの13番目の側妃で、フリーダと言うらしい。側妃の選考基準は、いかにリチャードの亡き妻イレイザちゃんに似ているかという一点のみだったため、平民だったフリーダは、身分に関係なく召し上げられてしまったのだ。
そして、リチャードの愛は全てイレイザちゃんに費やされていたので、彼の後宮は殺伐としたものだったらしい。若くして愛されない側妃達の鬱憤は、お互いや配下の侍女へと向けられ、外からは分からないように、巧みな嫌がらせが横行していたそうだ。
大豪商の娘とは言え、平民で13番目という最後順位の妃だったフリーダは、恰好の餌食だった。さまざまな嫌がらせに遭いながら、実家のお金を駆使して、なんとか子どもを産み落とす。
しかし、産んだのが男の子というのが運の尽きだった。
13番目に生まれた子、ルーファスは、リチャードの子の中で初めての男子であったのだ。12番目まで全員女の子を引き当てるとは、リチャード、稀有な奴である。
問題は、この国の国王位を継げるのは男子のみということだ。男が一人も生まれない場合は、仮の王として女が王太子に選ばれることもあるけれども、ルーファスが生まれたことで、その目は無くなった。
そして、何よりも問題なのが、この国で大きくなれる王子王女は、慣習上、一人だけということだった。
だから、他の側妃達はこぞって、まずはルーファスを目の敵にして、蹴落とし、なんとしても自分の子を生き残らせようとしていた。もちろん、ルーファスの後にもリチャードの子は産まれていたし、その中に男児もいたけれども、平民出身のフリーダの子である長男ルーファスは、貴族である他の側妃達にとって、誰に庇われることもない恰好の餌食であったようだ。
それでも、リチャードが生きている間は、大した動きがなかった。
しかし、リチャードを弔って既に一年。リチャードの妃達は暗躍を始め、とうとう今回の事件に至ったらしい。
「ちょっと待って。一人しか大きくなれない慣習って何よ」
今にもツノが生えそうな私の言葉に、一方的な被害者のフリーダとルーファスは、何故か申し訳なさそうに小さくなっている。
「毒は、貴族の嗜みですから」
「ふざけんなぁー!」
ツノが生えたかと思ったわ!
どんな嗜みだ、酒やタバコとは訳が違うんだぞ!
「ほ、本当なのです。毒は、この国の貴族の嗜みなのです。私は毒を嗜んでいないどころか、ルーファスのために守り石も用意してあげられない、だめな親で……」
「守り石?」
なにやら、毒による暗殺が横行するこの国の貴族は、守り石という石を懐に忍ばせて、毒から身を守っているらしい。
宝石商が売っているのだが、高価なだけでなく、お得意様以外に売ると信用が崩れると言うことで、貴族にしか売ってくれない貴重な品なのだとか。
「……地花ちゃん、この国にはそんな便利なものがあるの?」
『そういえば、この国の貴族は大体、紫水晶を後生大事に懐に入れていますね』
「それ、持ってるだけで、毒から身を守ってくれる?」
『いえ別に』
…………。
「この国の貴族は馬鹿なの?」
「それは、その……。そうかもしれません」
高価で貴重な守り石に効果がないとはっきり言われてしまい、フリーダは困ったような顔で言葉を紡いだ。
「なんとなく事情は分かったわ。それで、二人はどうしたいの?」
「どう、といいますと」
「最後の一人になりたい?」
血で血を洗う跡目争い。肉親の屍の山の上で、最後に残った一人こそが勝者! もらえる称号は、《毒殺の専門家》か?
……そういえば、王妃アリエルちゃんも息をするように私に毒を盛っていたな!
「……私は、この子とひっそり暮らせればそれでいいのです。けれど、この子は……ルーファスは第一王子です。私が実家に帰ったり、再婚してしまうと、この子は一人、後宮に残されてしまいます……」
ほろりと涙をこぼしながら、フリーダはルーファスを見つめる。
ルーファスは、床を見ながら、唇を噛み締めていた。
「ねえ、あんた達の侍女とか護衛は?」
「実家から連れてきた者は全員、殺されました。もうこれ以上は、誰も来てくれなくて」
「……いつもはどうしてるの?」
「他の王妃の手配した侍女か、王宮配属の共通侍女が、世話をしてくれます」
「世話したご飯に毒が盛られてる訳ね?」
「……」
あーあー、もう。
本当に、馬鹿だと思うんだけど、私こういうの、本当に弱いのよね……。