罠にはまって仮の側妃になったエルフです。王宮で何故かズタボロの孫(王子)を拾いました。
結局、私は二人をうちに引き取った。
私のいる棟は、前国王の側妃用に建てられた建物だから、無駄に広いのだ。まあ、ラッセルが前国王だったのは10年にも満たなくて、すぐ現国王に復帰してしまった訳だけれども。
引き取ってしばらく経った後、駆け回れるようになったルーファスは、私に頭を下げた。
「何でもします。僕が大きくなったら、きっと恩をかえします。だから、僕たちをみすてないでください。ずっとここにおいてください」
震えながら、泣きながらお願いするその姿に、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。
だって、この子は5歳児なのだ。こんなことを言わなきゃいけない5歳児ってなんなんだ?
私はしゃがんで、ルーファスと目線を合わせる。
「ルー、急にどうしたの?」
「……」
「言わないなら高い高いの刑だ!」
私はルーファスをひょいと持ち上げて、高い高いをしながらくるくる回った。
ルーファスはめちゃくちゃ軽いのだ。この子は今まで、毒入りの食事ばかり食べていたせいで、ほんの少しずつ、しかも少量しか食事をしない癖がついている。もっと食べさせなければ。
殊勝な顔をしていたルーファスも所詮は5歳児だ。高いところに持ち上げられて、きゃあきゃあ言いながらはしゃいでいた。
その笑顔を見て気が抜けた私は、ルーファスを支えきれなくて、抱き締めながら、ベッドの上に二人でダイブする。
「ベッドが柔らかくてよかった!」とけらけら笑っていると、ルーファスがポツリと呟いた。
「幸せすぎて、怖いんだ」
ん? どうしたどうした。
なんだか、老齢の哲学者みたいなことを言っている。
いやどっちかというとイレイザちゃんと初キッスをしたばかりのリチャードみたいな。
「リチャードみたいなこと言ってどうしたの」
はっ、また心の声が口から出てしまった。
「……父様?」
ぱちぱちと目を瞬くルーファス。空色の瞳が、まんまるく見開かれている。金色の長いまつ毛もかわいい。髪の色はリチャード由来の金髪だけれども、その顔はイレイザちゃん……にそっくりな、フリーダそっくりだ。
「うん。リチャードも幸せ絶頂の時に、ルーと同じこと言ってたよ」
「父様が……」
嬉しそうにほんの少しだけ頬を染めるその姿は、5歳のときのイレイザちゃんに負けず劣らず可愛かった。はー可愛ええ。
「ルーは可愛いねえ」
隣に寝そべっている可愛い子のふわふわの金髪を撫でていると、撫でられた本人は真っ赤になって、ぷい、と可愛い顔を背けてしまった。
「ルー?」
「……」
「ルーってば」
「……」
「私のこと、嫌いになった?」
「そんな訳ない!」
ばっと音が出そうなぐらいの勢いで、ルーファスは身を起こしてこっちを向く。
その必死の形相に、私はまたけらけら笑ってしまった。
「分かってるよ。こっちにおいで」
「……」
「ルー、ほら」
渋々、といった様子で、ルーはおずおずと私の方にやってくる。
私はルーを、これでもか、としっかり抱きしめた。
「いつも一緒にいてくれてありがとうね。ルーがいっぱいご飯食べてくれて、フリーダちゃんが沢山美味しいって褒めてくれて、私は幸せだよ」
「そんなの、うそだ」
「嘘じゃないよ。本当だよ。私、嘘つくの得意に見える?」
「……」
納得したようだ。それはよかった。
「二人がねぇ、今はまだ不安で不安で仕方がないの、知ってるよ」
実は最近、二人の後追い行動がエスカレートしている。
私は、お昼ご飯の後に、食材の買い出しに王都に降りる以外は、ほとんど自分の家でグータラしている。
だから、私が家にいない時なんて、ほんのわずかな間だけだ。
それなのに、私の姿が見えないと、二人とも必死になって探し回っているし、私を見つけた後も1時間ぐらい、私にべったり寄り添っている。まあ暇人なのでそれは別にいいんだけど、トイレの扉の前までついてくるのはそろそろ勘弁してほしいところだ。
「いつか、このくらいのことが普通だって思えるといいね」
私の胸の中で、ルーファスが静かに沈黙している。
「……そんな日、こない」
「えー?」
「だって、僕は今がいちばん幸せだ。とくべつで、だいじなんだ! 普通なんかじゃない!」
急に身を起こした5歳児は、寝ている私の上から、なんとこんなマセたことを宣言した。
「だから、今がずっと終わらないようにするんだ。ぼ、ぼくは大人になったら、サンドラ様をお嫁さんにする!」
おお、ルーファス君にそんなことを言ってもらえるなんて、光栄だなぁ。
しかし困ったね。私は不本意ながら、人妻なんだ。
うーんしかし、こういうのってどう答えればいいのかな? 私の近くにいた子供なんて、リチャードとイレイザちゃんくらいだし、二人は私そっちのけで仲が良かったから、こんな経験をしたことなんて今までないのだ。
相手は5歳児、されど真剣なご様子。
顔は真っ赤だし、私の両肩に差し置かれている紅葉みたいな御手手は、ぷるぷる震えている。あああ可愛いいい。
「ルー、ごめんね。気持ちは嬉しいんだけど」
「嬉しいことは、お礼を言って、素直にうけとるべきだ!」
「いいこと知ってるね、偉い偉い。でもねー、私、人妻なんだよね」
おお、真っ白になった。
人が真っ白になるって、こういうことを言うのか。
人妻というには、実態的に語弊がある気はするけれども、実際人妻なのだから仕方がない。すまぬルーファス、初恋は実らぬと本に書いてあったぞ!
「ついでに、夫は君のお爺ちゃんだよ」
さらにルーファスは真っ白になっていた。
もう言葉もないようだ。
「……うそだ! サンドラ様とお爺ちゃんとは年も離れてるじゃないか!」
いや、言葉はあるみたいだ。まだ頑張るか。
「私、145歳だから」
「!!?」
どうやら、ルーファスは私がエルフだということを知らなかったらしい。
想定以上の年齢差に、愕然としていた。うーん、すまぬ。
「ううぅ……」
「あれ、泣いてる? 泣いちゃってる?」
「うるさい! 僕と結婚してくれなきゃいやだ! お爺ちゃんが死んだ後でもいい!」
「リアルな妥協案出してきた!?」
結局、ルーファスは5歳児らしく、そのままわんわん泣きだしてしまった。
事情を知ったフリーダちゃんにはめちゃくちゃ謝られた。こっちこそ、ルーファスを泣かせちゃってごめんね。
私は、もうちょっと濁した返事の方がよかったのかと反省して、夕飯のとろふわオムライスを片手に許しを乞うてみた。
奴はすぐに笑顔になっていた。もぐもぐ食べてるほっぺは幸せで一杯だ。ちょろいお子様である。