彼女は、2.5次元に恋をする。
第22話 尾瀬、そうだったのか!
大掃除に終業式、LHRを終え、一学期が終了した。明日から夏休みだ。
通知表を見せ合ったり、『プール』や『祭り』などと夏休みの予定を話し合ったりしている奴らが、教室の入り口から見える。
そんな光景を尻目に、小石と廊下で、多幾先生から今朝の職員会議の結果を聞いた。
「――例の卒業生のこと、知ってる先生がいなかった」
無言でしょんぼりと、小石が下を向く。
「だから、幕内先生に電話することにした。彼女も忙しいだろうし……いつもの昼休みくらい、そうだな……1時くらいにしようと思う。
お前らはもう放課だけど、どうする? 結果は小石に電話すればいいか?」
「先生。その場ですぐに、先輩の名前を知りたい、です!
1時に、教官室で、待機させてくださいっ!」
小石が顔を上げ、多幾先生を食い入るように見つめながら言った。こういう時は、ちゃんと目を合わせられるらしい。
(情熱が迸ってるな……)
「わかった、じゃあ1時に来てくれ」
「はいっ!」
小石の威勢のいい返事を聞くと、多幾先生はひとつ頷き、その場を離れた。
「1時か……小石はどこか、昼食べに行く?」
「うん、いづちゃんとモックに行く約束してるの。蓮君も一緒に行かない?」
「――いづちゃんって誰?」
「八尾さん」
「ちょ、いつの間にそんな仲良くなってんだ!?」
「昨日漫研訪ねた時に、NINE交換したの。ほら、昨日私……あんな感じで出てっちゃったでしょ? 心配して夜、いづちゃんがNINEくれたの」
「へぇ……」
「でね、いつの間にか寺子屋話で盛り上がっちゃって。そうそう、いづちゃんの推しカプ、ふぐっ……?」
小石の背後からいきなり、その口を何者かが抑えた。まるでサスペンスドラマの、クロロホルムを含ませた布を嗅がせるシーンのように。ところで『推しカプ』って何だ?
「うふっ、てるち〜?」
言いながら小石の背後から出てきたのは――彼女より頭一つ分ぐらい背が低い、八尾だった。妙な微笑みを湛えている。
(てるちとかNINE交換とか……なんか俺の小石友好度、八尾に抜かれてない?)
「八尾。俺も一緒に昼、うぐっ……!」
今しがた小石に起こった『クロロホルム』が、自分の身にも起こった。
「ムクは、オレとランチデートの予定でしょ〜?」
そう言ってさらに肩まで掴んできたのは、ツーブロックだった。
「そっかぁ……じゃあ、1時にね! 蓮君!」
口封じを解かれた小石が、笑顔で手を振りながら八尾と立ち去っていく。
(『そっかぁ』じゃない! んなわけない!)
そして八尾は俺と尾瀬を、なぜか感慨深げな表情で振り返る。
二人の姿が見えなくなると、ようやく尾瀬から解放された。
「小石ちゃん、せっかく八尾ちゃんと仲良くなったんだから。女子トークさせてあげようよ〜」
「…………」
「昨日の話教えて? そだ、んめー亭行こう!」
***
来たのは椿高近くの定食屋。初めて入った。
座敷には知らない椿高の男子、カウンターにはスーツや宅配便のユニフォームのおじちゃん、テーブルには私服のおばちゃんグループ。それなりに客がいる。
壁には一品ずつメニューが書かれた、色褪せた紙が並んでいる。レトロな空調に、レトロなビールのポスター。外観もさることながら、内装も年季が入ったお店だ。
俺がキョロキョロしていると、座敷から声が飛んできた。
「オッセーじゃん!」
前髪長めなセンターパートのタレ目が、尾瀬を指差す。
「オッセー、お疲れ」色黒な短髪の糸目が、手を挙げる。
「おー、シロとクロ!」なんだか嬉しそうな尾瀬。
二人は何組だろう。どっちも麻婆豆腐定食を食べている。美味しそうだ。シロとクロとか犬みたいだな……かくいう自分もムク呼ばわりだが。
「一緒に食べてもいい?」了解を得る前に、尾瀬が糸目の隣に座りだした。
「もちろん。こっちは……友達かな?」
そう言ってこっちを見るタレ目の隣に、俺は座った。
「そ、親友のムク。誕生日も席もオレのイッコ後ろでさ。
あ、ムク、そっちがシロでこっちがクロだから」
「親友じゃねぇよ! てか、いつの間に俺の誕生日情報仕入れてんだよ」
「はは、仲良しかよ。ところでオッセー、今年は大丈夫か? 通知表見せろよ」糸目を開いたクロが、不安げに尾瀬を見る。
(『今年は大丈夫か?』って……?)
「いーよ」
尾瀬がリュックを漁っていると、気の良さそうなおばあちゃんがお冷を持ってきてくれた。ついでに注文をしよう。
「麻婆豆腐定食一つお願いします」
「オレはレバニラで。ご飯大盛りでお願い!」
「いつもありがとね」おばあちゃんが厨房へと向かう。
尾瀬から通知表を渡されたクロが、それにさっと目を通し、シロに回す。
俺もちゃっかり、シロの横から通知表を覗き込んだ。
(――うわ、これは酷い……)
1は見当たらないが、2が多い。保健体育だけ5。順位は学年末位だ。
「オレ、頑張ったっしょ?」
「オッセー、頑張ってこれか……」
シロクロがため息交じりで同時に言った。
嫌な予感が頭を過ぎる。
「……尾瀬。お前、誕生日が4月1日ってことだよな?」
「そう」
「何年の?」
「ムクと同じ年!」
尾瀬、そうだったのか!
よくニヤニヤして言えるな、お前。
「なんだオッセー、クラスメートには言ってないのか?」クロがキョトンとしている。
「だって、なんか敬語とか気ィ使われそうだし」
(あれ? ということは……)
通知表を見せ合ったり、『プール』や『祭り』などと夏休みの予定を話し合ったりしている奴らが、教室の入り口から見える。
そんな光景を尻目に、小石と廊下で、多幾先生から今朝の職員会議の結果を聞いた。
「――例の卒業生のこと、知ってる先生がいなかった」
無言でしょんぼりと、小石が下を向く。
「だから、幕内先生に電話することにした。彼女も忙しいだろうし……いつもの昼休みくらい、そうだな……1時くらいにしようと思う。
お前らはもう放課だけど、どうする? 結果は小石に電話すればいいか?」
「先生。その場ですぐに、先輩の名前を知りたい、です!
1時に、教官室で、待機させてくださいっ!」
小石が顔を上げ、多幾先生を食い入るように見つめながら言った。こういう時は、ちゃんと目を合わせられるらしい。
(情熱が迸ってるな……)
「わかった、じゃあ1時に来てくれ」
「はいっ!」
小石の威勢のいい返事を聞くと、多幾先生はひとつ頷き、その場を離れた。
「1時か……小石はどこか、昼食べに行く?」
「うん、いづちゃんとモックに行く約束してるの。蓮君も一緒に行かない?」
「――いづちゃんって誰?」
「八尾さん」
「ちょ、いつの間にそんな仲良くなってんだ!?」
「昨日漫研訪ねた時に、NINE交換したの。ほら、昨日私……あんな感じで出てっちゃったでしょ? 心配して夜、いづちゃんがNINEくれたの」
「へぇ……」
「でね、いつの間にか寺子屋話で盛り上がっちゃって。そうそう、いづちゃんの推しカプ、ふぐっ……?」
小石の背後からいきなり、その口を何者かが抑えた。まるでサスペンスドラマの、クロロホルムを含ませた布を嗅がせるシーンのように。ところで『推しカプ』って何だ?
「うふっ、てるち〜?」
言いながら小石の背後から出てきたのは――彼女より頭一つ分ぐらい背が低い、八尾だった。妙な微笑みを湛えている。
(てるちとかNINE交換とか……なんか俺の小石友好度、八尾に抜かれてない?)
「八尾。俺も一緒に昼、うぐっ……!」
今しがた小石に起こった『クロロホルム』が、自分の身にも起こった。
「ムクは、オレとランチデートの予定でしょ〜?」
そう言ってさらに肩まで掴んできたのは、ツーブロックだった。
「そっかぁ……じゃあ、1時にね! 蓮君!」
口封じを解かれた小石が、笑顔で手を振りながら八尾と立ち去っていく。
(『そっかぁ』じゃない! んなわけない!)
そして八尾は俺と尾瀬を、なぜか感慨深げな表情で振り返る。
二人の姿が見えなくなると、ようやく尾瀬から解放された。
「小石ちゃん、せっかく八尾ちゃんと仲良くなったんだから。女子トークさせてあげようよ〜」
「…………」
「昨日の話教えて? そだ、んめー亭行こう!」
***
来たのは椿高近くの定食屋。初めて入った。
座敷には知らない椿高の男子、カウンターにはスーツや宅配便のユニフォームのおじちゃん、テーブルには私服のおばちゃんグループ。それなりに客がいる。
壁には一品ずつメニューが書かれた、色褪せた紙が並んでいる。レトロな空調に、レトロなビールのポスター。外観もさることながら、内装も年季が入ったお店だ。
俺がキョロキョロしていると、座敷から声が飛んできた。
「オッセーじゃん!」
前髪長めなセンターパートのタレ目が、尾瀬を指差す。
「オッセー、お疲れ」色黒な短髪の糸目が、手を挙げる。
「おー、シロとクロ!」なんだか嬉しそうな尾瀬。
二人は何組だろう。どっちも麻婆豆腐定食を食べている。美味しそうだ。シロとクロとか犬みたいだな……かくいう自分もムク呼ばわりだが。
「一緒に食べてもいい?」了解を得る前に、尾瀬が糸目の隣に座りだした。
「もちろん。こっちは……友達かな?」
そう言ってこっちを見るタレ目の隣に、俺は座った。
「そ、親友のムク。誕生日も席もオレのイッコ後ろでさ。
あ、ムク、そっちがシロでこっちがクロだから」
「親友じゃねぇよ! てか、いつの間に俺の誕生日情報仕入れてんだよ」
「はは、仲良しかよ。ところでオッセー、今年は大丈夫か? 通知表見せろよ」糸目を開いたクロが、不安げに尾瀬を見る。
(『今年は大丈夫か?』って……?)
「いーよ」
尾瀬がリュックを漁っていると、気の良さそうなおばあちゃんがお冷を持ってきてくれた。ついでに注文をしよう。
「麻婆豆腐定食一つお願いします」
「オレはレバニラで。ご飯大盛りでお願い!」
「いつもありがとね」おばあちゃんが厨房へと向かう。
尾瀬から通知表を渡されたクロが、それにさっと目を通し、シロに回す。
俺もちゃっかり、シロの横から通知表を覗き込んだ。
(――うわ、これは酷い……)
1は見当たらないが、2が多い。保健体育だけ5。順位は学年末位だ。
「オレ、頑張ったっしょ?」
「オッセー、頑張ってこれか……」
シロクロがため息交じりで同時に言った。
嫌な予感が頭を過ぎる。
「……尾瀬。お前、誕生日が4月1日ってことだよな?」
「そう」
「何年の?」
「ムクと同じ年!」
尾瀬、そうだったのか!
よくニヤニヤして言えるな、お前。
「なんだオッセー、クラスメートには言ってないのか?」クロがキョトンとしている。
「だって、なんか敬語とか気ィ使われそうだし」
(あれ? ということは……)