八城兄弟は僕(=わたし)を愛でたい!
「こんなの、まだ全然ダメだ」

 悔しそうに口をへの字にして、ため息まじりに。

「音楽祭の学年曲、ピアノ頼まれてさ。やるからには、完璧にしておきたいだろ」

 藍くんって、もっと無関心で、どちらかと言うと、一生懸命になるのはカッコ悪いって思ってるイメージだった。

 こんなふうに悔しそうにして、クラスのために陰で必死に練習していたなんて。

「僕でよければ、練習付き合うよ。詳しいことは分かんないけど、感想なら言えるし」

 少し間をあけて、てれくさそうに唇をとがらせながら。

「……サンキュ」

 藍くんは小さく笑った。その顔が思いのほか可愛くて、わたしもつられて頬を上げた。


 帰りの音楽が鳴って、藍くんがけんばんのフタを閉じる。
 気付いたら、あれから二十分も経っていたらしい。

 はっきり言うと、最初と最後の違いはそこまで分からなかったけど、伸びやかで癒される音だったことは確かだ。

「付き合ってくれた礼っつうか、碧に面白いこと教えてやるよ」

 相変わらずの上から目線に戻って、思わず吹き出しそうになった。

「なに?」

「椿の学生証のケース、中見てみな」

「……学生証?」
< 52 / 160 >

この作品をシェア

pagetop