八城兄弟は僕(=わたし)を愛でたい!
 胸を押さえていると、ドキドキしているのが伝わってくる。アレと似ているからだ。そう、遊園地のお化け屋敷。

 よく見えないのと、いつ出てくるか(椿くんにバレるか)分からない緊張感が同じ。

 考えたら余計にハラハラして、ぷつんと糸が切れる音がした。

 やだ、待って。わたし、女子に戻っちゃってる!

 胸元を手で押さえながら、触れている体を離そうとするけど、狭すぎてこれ以上動けない。

 なるべく、藍くんから遠ざからないと。

「碧、こっち」

 なのに、今度は向こうから肩を寄せられて声をあげそうになったとき。片手にすっぽりおさまるケースらしきものが、藍くんの手にあると気付いた。

「さっき落ちたの、学生証だ。やっと見つけた」

 楽しそうに空気の声を吐く藍くんとは対象に、わたしはごくりとツバをのむ。

 椿くんが、ずっと前から想いを寄せる人。

 芸能人の写真とかで、勘違いだったらいいのに……。見るのが怖い。

 クローゼットの隙間からもれる光に学生証をかざすと、はっきりではないけど表の名前が識別できる。

 見たくないけど、見たい。

 息を潜めながら、藍くんくんがゆっくり背表紙を開いた瞬間。世界中の光を集めたかのようなまぶしさに襲われた。

 な、なにっ⁉︎

 顔を隠して視線を下げた先に、黒いズボンが飛び込んでくる。

 クローゼットの扉を開けた椿くんが、目を細くして立っていた。
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