魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。

ここは天国です。

◆◆◆


「ごめんね、カイル。ごめんね……」

 ポロポロと涙をこぼしながら、俺を支えてくれるアイリ様。やっぱり天使だ。

「アイリ様が悪いことなど、ひとつもありません」
「だって、私が余計なことを言わなければ……」
「正しいことを言っただけですよ」
「カイル……」

 俺の言葉にぶわぁっと涙をあふれさせるアイリ様はかわいらしくて愛おしかった。
 全身がひどく痛むが、アイリ様と密着している喜びの方が上回る。
 骨は折れていないようだし、これくらいの暴力は慣れている。
 でも、久しいな。


 俺は捨て子だった。
 生き延びるためにゴミを漁り、露店の食べ物をかっぱらい、捕まって折檻を受けるまでがセットの日常だった。
 あるとき、ひどく殴る蹴るの暴行を受けて、犬の姿になり、丸まっていた。俺は獣人なので、犬の姿のときの方が傷が治りやすいのだ。
 意識が朦朧とするくらい痛めつけられていて、もうこのまま死ぬのかと覚悟したとき、通りかかったアイリ様に拾ってもらえた。そのときに俺の人生最大の運を使い果たしたと思ったが、アイリ様のおそばに仕えさせてもらえる幸運は未だに続いている。

(ここは天国ですよ、アイリ様。アイリ様のおそばであれば、俺は幸せでいっぱいです。だから、泣かないでください)

 アイリ様のためなら命を懸けられる。
 こんな傷などなんてことはない。
 獣人ゆえ、そこらの男より回復能力も身体能力も勝る俺は、護衛として最適ではないだろうか。
 だから、ずっとおそばに置いてください。
 たとえ、王太子と結婚されることになっても。

(アイリ様が結婚……)

 体より心が痛くなった。



 アイリ様と待たせてあった王宮の馬車に戻った。
 俺たちを見て、御者が驚いて駆け寄ってきた。
 御者が馬車に乗るのを手伝ってくれた。
 こいつも監視役だと思っていたが、意外と親切だ。

「お医者様のところへ……」

 アイリ様が言いかけるが、大丈夫だと首を振る。
 それとなく致命的な部分をかわして蹴られたし、暴力をふるうことに慣れていない旦那様の蹴りは最初のもの以外はそれほどの強さではなかった。

(そういえば、旦那様の様子はおかしかったな)

 インク瓶を投げつけるまではいつもの旦那様だ。でも、こんなふうに暴力をふるわれたことはなかった。だから、一発目は油断した。
 なんで、いきなり凶暴になったんだろうな。


 蹴られたところはジンジン痛むが、きっと医者のところに行っても、傷薬を塗られるぐらいなので、結局、アイリ様を説き伏せて、王宮の部屋に戻った。

< 28 / 79 >

この作品をシェア

pagetop