魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。
◆◆◆


(なんて健気なアイリ様!!!)

 時間がないから、今すぐ出発してくれと言う公爵令嬢にアイリ様は二つ返事でうなずかれた。
 なんてご立派なんだろう。
 貴族社会の混乱や疫病を自分のせいだと悩まれていらっしゃったので、解決策が見つかってよかった。
 しかし、身分差であきらめている相手と添い遂げることが可能だなんて。
 エブリア嬢はなんて余計なことを言うんだ!

(アイリ様が結婚されてしまう〜〜〜)

 それでも、男爵に都合のいい相手と無理やり結婚されられるよりはいいか。
 
(アイリ様のお幸せをカイルは願っております!!!)

 やせ我慢でグッと拳を握りしめ、廊下で立ち尽くしていると、オランに声をかけられた。

「少しよろしいでしょうか」
 
 指し示された隣の部屋に入った。

「私が道案内するから問題ないとは思いますが、念のため、地図と路銀を渡しておきます」
「ありがとうございます」
「私とはぐれても、とにかくそこを目指してください」

 アイリ様はきっと遠慮されるだろうが、俺はしっかり路銀を受け取った。片道でも二週間かかる道のりをアイリ様に不便させるわけにはいかない。
 旅の細々とした注意事項を述べられる。
 オランはアイリ様の魅了の影響を受けるから、なるべく離れて行動するようだ。

(ということは、アイリ様とほぼ二人きりのワクワクドキドキお忍び旅行か!)

 興奮して尻尾が出そうになる。
 毎日一緒に過ごさせてもらっているにしても、旅行は行ったことはない。
 アイリ様が結婚されてしまう前のご褒美のような時間だ。
 
(うぅ、胸が痛い)

 そうしている間に、アイリ様方の話も終わったようで、元の部屋に戻った。

 アイリ様の綺麗なピンクの髪は目立つからと、魔具で茶色に染められ、用意された庶民的な服に着替えさせられた。俺も黒い髪になった。

 「どうかしら?」とはにかむアイリ様にトキメキすぎて、倒れそうだ。
 
(チョコレートブラウンの髪をしたアイリ様も新鮮で素敵です! 食べてしまいたい!!!)

「……アイリ様はどのような姿でも麗しいです」

 叫びだしたくなる心をなんとか抑えて、言葉を絞り出した。

 荷物を持って、オランの誘導で裏門へ向かった。そこから馬車に乗るそうだ。

「オランさん、見張られているみたいです」

 建物から出ようとしたところで、オランを引き留めた。
 俺の嗅覚は人間のものとは比べ物にならない。
 いかにもあやしい男たちの気配を馬車の周りに感じた。
 すぐ扉を閉めたオランは想定していたのか、「こちらから行きましょう」と違うルートを示した。

< 36 / 79 >

この作品をシェア

pagetop