魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。
◆◆◆


 聞き捨てならないことを聞いた気がする。


 沈んだまま風呂をすませて出てきたら、アイリ様が泣いていた。
 さっきまでご機嫌だったのに、なにがあったんだ!?

 慌てて駆け寄ると、もう協力してくれなくていいと言う。
 アイリ様の恋の成就をお手伝いするなんて、嫌に決まっている。
 
(でも、アイリ様の幸せのためには、このカイル、心から血を流そうとも協力する所存です!)

 改めて決意を固めたというのに、アイリ様はポロポロと涙を流して、おっしゃった。

「ううん、大丈夫。他の人に抱いてもらうから」
「…………は?」

 頭が真っ白になった。

(他の人に?)

 他の人の前には誰に抱いてもらおうと思っていたのだろうか?
 まさかまさかまさか……。

「ア、アイリ様、他の人って……協力っていうのは……」
「もう忘れて。私、舞い上がっちゃって、カイルの気持ちを考えてなかったの。ごめんね。カイルに強要するつもりはないから安心して」

 切ない顔で懸命に微笑もうとするアイリ様が尊くて、見惚れる。
 いやいやいや、そんな場合じゃない!
 俺の気持ち? なんだそれ?
 なんだか俺が断ったような流れじゃないか!
 俺がアイリ様を拒否するなんて、天が地に落っこちてもないことだ。そんなこと、ありえない。

 待て待て待て。
 俺が協力を断ったから、他の人に抱いてもらう?
 まるで俺に抱いてもらいたかったような……。
 え、え、えぇー! そんなわけ……いやいや、しかし、でも、もしかしてもしかして……。
 
 俺は大混乱で、ただただアイリ様のお顔を見つめた。
 泣いていても、なにをしてもアイリ様は可愛らしくて愛らしい。
 俺がなにも言えないでいる間に、アイリ様は早口で言葉を続けた。

「明日もう一度魔女さんのところに行って、意中の相手じゃなくてもいいか、聞いてみるね。あ、そうか、私がその人のことを好きになればいいのね。惚れ薬とかないかしら? そうすれば……」
「アイリ様、待ってください!」
「いいの、気にしないで。大丈夫だから。早く魅了を抑えて、疫病を治さないとね! そのためには……」
「アイリ様!」

 初めてアイリ様に声を荒げたかもしれない。
 無理に明るく話していたアイリ様がビクッとして、うなだれた。
 
「あ、すみません。でも、確認させてください。アイリ様の『意中の人』とは誰ですか?」

 聞いたとたん、アイリ様は顔をあげて、ぽか〜んとした。
 心底驚いているようなお顔もキューーート!
 いや、そうじゃない。

「カイルはわかっているんだと思ってた」

 呆然としたまま、アイリ様がつぶやいた。

「わかってて嫌がってるんだと……」
「俺はアイリ様の意中の相手とうまくいくように協力しないといけないのが嫌なんですよ」

 じっとアイリ様を見ると、涙目のアイリ様がキッと俺を睨んだ。
 穏やかなアイリ様の怒ってる顔はレアだ。
 可愛すぎる。
 ときめきが止まらない。

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