華夏の煌き
 星羅との一時は、慶明にとって和やかな時間だ。しかしその時間はすぐに過ぎる。

「旦那さま、奥様がお戻りです」
「そうか。わかった」

 春衣に言われて慶明は立ち上がり「では、これで」と星羅に寂しげなほほえみを見せた。春衣は逆に強気な態度でちらっと星羅をみてから慶明の後をついて去った。
 少しばかり居心地の悪さを感じながら、絹枝の書斎へと赴いた。いつの間にか小川にかかっていた太鼓橋は平坦なものとなり、幅も広く丈夫なものに変わっている。

「おかえりなさい絹枝老師」
「ただいま。どう? 慣れてきた?」
「ええ、同期生も面白い人たちで」
「そう。それならいいわね」

 慶明同様、絹枝もなんだか元気がない様子だ。

「あの、お疲れなんですか?」
「え? そう見える?」
「慶明おじさまも調子があまりよくなさそうでしたけど」
「あら、あの人は陽気になってもいいだろうにね……」

 少しとげのある言い方に、星羅は気まずさを感じる。

「お疲れでしたら、わたしはこれで……」
「いいのよ。もっと聞かせてちょうだい。生徒が希望の進路に向かっている話を聞くと嬉しくなるのよ」

 寂し気に笑う絹枝としばらく話をしてから星羅は席を立った。屋敷の門から出ようとするとちょうど息子の明樹が帰宅したところだった。

「やあ星羅。久しぶりだな」
「ほんと!」

 馬から降りた明樹は、兵士らしく簡易な鎧を身に着け腰に剣を挿している。カチャカチャと金属音をさせながら馬を撫で、門前の使用人に手綱を渡す。

「どうだ。軍師省は?」
「面白いわ。明にいさまは一等兵になられたとか」
「ああ、もうすぐ上等兵さ」
「さすがね! おじさまも老師もお喜びになるわね」
「ん、まあ父上も母上もほんとうは文官になって欲しかったろうから、どうだろうな」
「そういえば、お二人とも様子が変だったの。どうしてかしら」
「ああ、知らないのか」
「何を?」

 一瞬ためらいを見せたが明樹は星羅にそっと耳打ちする。

「父上が側室を迎えるのだ」
「え……。おじさまが側室を」
「すぐわかるだろうから隠さないが、春衣が側室になるんだ」
「まあ。春衣さんが」

 確かに医局長の慶明ならば、一人二人側室がいてもおかしくはない。しかし春衣を側室にするならばもう少し早くてもよかっただろうにと思う。

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