華夏の煌き
 記憶にない母、胡晶鈴に思いを馳せる。いつか再会できる日が来るだろうか。太極府の鑑定によると元気であるということだが。知性と体力を蓄えたのち、星羅はもっと広い世界を知りたいと願う。どこでどんな状況になろうがやっていける自信を身に着けるべく、とにかく鍛錬するしかないと考える。
 日が傾き空に北極星が見える。どの国にいてもこの星は見えると兄の京樹が教えてくれた。母も見ているといいなと思いながら帰路についた。

53 接近
 珍しく神妙な面持ちで教官の孫公弘が教室に入ってきた。軍師見習いの三人が静かに学習していようが、討論していようが、いつもはお構いなく混じってくる。ところが今日は静かにこほんと咳払いをして「皆、こちらへ座るように」と指示する。
 星羅たちは顔を見合わせ、ちょっと変な表情を見せ黙って座った。

「えーと、今日から週に一度だけ聴講生がいらっしゃる」

 おかしな物言いに徐忠弘が「聴講生にいらっしゃるだってさ」と星羅に囁く。

「そこ、静かに。今紹介する、いやさせていただくので皆もちゃんと挨拶する様に」

 明らかに気を使っている様子に、三人はどんな人物がやってくるのか息をのんで待つ。孫教官が深く頭を下げ「どうぞ」と丁寧に椅子を出す。
 すっと入ってきた男は軍師見習いの着物と同じく空色の着物だが、頭にかぶっている冠が装飾が華美ではないものの、金細工の美しいものだった。落ち着いていて立ち振る舞いが美しいので、孫教官よりも年配にみえるが、艶のある漆黒の髪が若々しさを感じさせる。
 郭蒼樹は声を出さずに、あっと口を開けた。

「知ってるの?」

 星羅が尋ねると「あの方は……」と言いかけて口をつぐむ。 

「えーっと蒼樹はおそらく存じておろう。このお方は王太子の曹隆明殿下だ。粗相のないように」

 星羅と徐忠正はまた顔を見合わせて驚いていた。郭蒼樹は軍師の家柄であるので、王族のことを知っていたのだろう。それでも王太子が聴講生ということで驚きを隠せない。
 中年であろう曹隆明は透き通った低い声で「そのように緊張しないでほしい」と笑んで見せた。

「えーっと殿下は、これから即位するまでに、ご自身でももう少し勉強をしたいということだ。ご公務もあるので月に二度ほどここに通われるそうだ」
「よろしく頼む」

 ざわざわする三人だが、気さくな徐忠正が「教官」と挙手した。

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