華夏の煌き
 熱心な晶鈴は、隆明が来たことに気づかずに石を並べ眺めている。邪魔をしないように隆明も彼女を眺める。出会ったころの幼い少女はすんなりとした肢体を持つ清らかな乙女となった。ほかの女人と違い、彼女は捉えどころがなく感情もつかめない。青年になった隆明を見つけると、女人たちは好意的な、何か含みのある目線を送ってくるが晶鈴にはまるでない。それが安心感でもあり、不満でもあるむず痒い感覚だった。丸かった顔も面長になり、聡明さがより顕著になってきた。しかし瞳の無垢さだけは出会ったころのままだったと思い出している最中に「隆兄さま」と声がかかった。

「ああ、晶妹」
「ぼんやりなさって。もう太子になられるのですよ? しっかりせねば」
「口うるさいなあ。そのようなことを言うのは、そちだけだぞ?」
「このようなところを陳老師に見られたら……」
「大丈夫だ。さっき父王のところにいたし、ここまで帰るのにまだまだ時間がある」

 隆明は、美しい萌黄色の着物がしわになるのを気にせず横たわっている。彼にとってリラックスできるの晶鈴の前だけだった。まだ、まとめて結い上げてない漆黒の髪はつややかに床に流れている。何百年と続く王朝は代を重ねるごとに、髪を豊かにし、闇のような黒さをもたらせる。潤った肌はきめ細かく白い。隆明はまるで、この王朝の集大成のような美しさを持っていると噂されている。

「もうここへ気楽には来れませんね」

 珍しく感情的なことを言う晶鈴に、隆明は少しばかり明るい気持ちになる。

「寂しいか?」

 そう尋ねられても晶鈴にはわからなかった。しかし隆明の残念そうな表情を見るのは嫌なので「ええ……」とあいまいに答えた。

「太子となってもまた来る」
「それは……」

 確かに太子となっても、本格的に政治にかかわることは先なのである程度は自由の身だ。ただ太子の儀式の後、太子妃選びが待っている。彼が妃を召せば、晶鈴に気軽に会う行為を咎められることもあろう。法によると、太子になってまず正室を娶り、その翌年側室を2人、入内させることになっている。
 晶鈴も隆明もまだ少年少女と大人の狭間で揺れ動き、男女の情念には疎かった。お互いに対する感情にもまだ名称はなかった。

「とうとうその髪も結い上げるのですね」
「そのようだな。このままでも冠を被ることができるだろうに」
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