華夏の煌き
 星羅の言葉を待たずに、隆明は馬にまたがり護衛の者たちと立ち去った。その後姿を星羅は立ち尽くしたまま見ることしかできなかった。

「殿下が父上……」

 目の前が滲み始めた。景色がグニャグニャと歪む。初めて恋をした人が父だった。初めてそばに感じた時から、懐かしく恋しく感じた隆明は、父だった。養父母の朱彰浩と京湖は、おそらく王太子が星羅の父親だとは知らないだろう。どうして今頃、隆明が父だと星羅に明かしたのかわからなかった。公言することのできない事実を持つことはとても辛いことなのだと思った。
 星羅が王太子の実子だと周囲に知られると、後継者の問題に巻き込まれるどころか、安定したこの王朝のほころびになるかもと抹殺されるかも知れない。恋は人知れず終わる。

「蒼樹……。終わったわ……」

 蒼樹に心配される必要がなくなったなと星羅はふっと笑った。今までにない卑屈な微笑だった。


66 酒場にて
 気が付くと優々と一緒に町をぶらついていた。

「星妹っ」
 
 後ろから明るい声がかかったので振り向いた。陸家の長男、陸明樹だった。

「明兄さま……」

 久しぶりに会った明樹は日焼けしていて精悍になっている。明樹も休みだったのか鎧を着ておらず、腰に剣だけを挿した着物姿だった。

「どうした? やけに暗いな」
「……」
「よし、そこで酒でも飲もう。星羅は飲める口だときいたぞ」
「あ……」

 まだ日は高く帰る予定の時刻には早かった。今暗い顔で帰ると、きっと京湖にいろいろ聞かれるだろう。誘われるまま明樹について酒場に入った。
 酒場は空いていて客はまばらだった。奥の川が見える座敷に座り、明樹は酒と肴を適当に頼んだ。

「よく来るのですか? 明兄さまは」
「うん。最近な。今、家に帰ると気を使うんだ」

 陸慶明の側室、春衣のために慶明は色々な処方を試しているが一向によくならず、慣れない家事や使用人の采配に絹枝は、きりきり舞いし機嫌が悪い。さらに春衣が生んだ次男の貴晶への教育に慶明も絹枝も熱心なようで、明樹は蚊帳の外らしい。

「やっぱ家を継がない俺にはあまり興味がないらしい」
「そんな……」
「まあでも貴晶のおかげでもっと自由にできそうだけどな」
「兄さまったら」

 杯を傾けながら明樹は明るく笑う。つられて星羅も杯を空け笑った。

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