華夏の煌き
 夕暮近くになると店が混んできたので出ることにした。

「ああ、星がでてきたな」

 朱色と青色の交わるあたりの空に一番星が出ている。

「帰れるか?」
「ええ。ありがとう、兄さま」
「気にすんな」

 馬の優々にまたがり星羅は明るく手を振って家路ついた。星の隣に半月があった。白く滑らかな肌の隆明を思い出し、胸がちくりとしたが涙は出なかった。

67 春衣の死
 もう一滴の水も喉を通ることはないだろうと、陸慶明はやせ細った春衣の脈を測る。特に持病もなく、健康的だった春衣は、息子の貴晶を産んだ後見る見るうちに病に伏していった。最初、虚弱であった貴晶は今ではふっくらとし始め、食も太くなってきた。そのことを話すと、やせこけた頬が緩み、春衣は目頭が下がった。

「そなたももう少し口に何か入れられたら良いのだが……」
「いえ。もう充分です」
「何か欲しいものはないか?」
 何を与えてももう意味がないと知りつつも、慶明は春衣に尋ねる。
「何も……」
「そうか……」
「旦那様。お仕事にいかなくて良いのですか?」

 春衣は慶明がここ数日、医局に向かわないことを心配する。

「そなたの看病を私以外にできるものか」

 慶明は苦笑して答えると、春衣が不思議そうな目で慶明を見つめてきた。

「どうした?」
「いえ。旦那様、聞いてもいいですか?」
「ん? 何をだ」
「晶鈴様のことです」
「晶鈴?」
「ええ、晶鈴様をどう思ってらっしゃるのですか?」
「どう?とは?」

 何を聞いてきているのか、さっぱり慶明にはわからなかった。

「まだ愛しておいでなのですか?」
「え?」
「星羅さまはどうです?」

 春衣はあえぎあえぎ質問してくる。

「春衣。一体何を言っているのだ。晶鈴は確かに若いころ好いておったが、思い出にすぎぬ。星羅は、そう、いわば姪のようなものだ」

 慶明の言葉を聞き、春衣はほぉーっと息を吐く。

「ずっとそんなことを考えておったのか」
「すみません」
「絹枝と一緒になって20年近くになる。お互いに恋をしたわけではないが、大事に思っている。もちろん春衣、そなたのこともきっかけはどうであれ、大事な妻だ。晶鈴は入る余地などないのだよ」

 ずっと水分をとっていない春衣の目が涙で光るのが見えた。

「ずっとずっとお慕いしてました。でも旦那様のお心には晶鈴様しかいないのだと思って」
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