華夏の煌き
「春衣……」
「ほんとうはずっと我慢するつもりでしたが、星羅さまが晶鈴様にどんどん似てきて……」
「私を慕ってくれていたならもっと早く言ってくれたらよかったな。春衣。そなたのことは私も若いころから利発でかわいらしいと思っていたよ」
「もう、満足です。こんなに側にいてくれて……。卑屈にならずに素直でいればよかった……」
「もうよい」

 春衣は今更ながら、使用人頭の時も、側室に入った時も大事にされていたことに改めて気づく。慶明は家のことで何かあれば、真っ先に春衣に相談していた。着るもの、食べるもの、住まい、調度品、使用人や庭に植える植物まで。
 側室になってからは、寝台をもっと重厚で趣味の良いものに変え、絹枝が関心を示さない装飾品を一緒に選んだりした。

「名前通り、そなたは明るい色の着物が良く似合っていたな」

 一瞬だけ春衣の頬が朱に染まった気がした。

「旦那様。貴晶を、お願いします」
「ああ、貴晶はきっと立派に、私の――春衣?」

 最後の言葉まで聞かずに春衣はこと切れた。口元がわずかに笑んでいる。慶明はがっくりと頭を垂れる。晶鈴にこだわっていたのは、自分だけではなかったのだ。春衣にはそれが伝わっていたのだろう。言葉では思い出と言ったが、春衣の問いは的を射ていた。
 細く骨っぽい春衣の手を握り慶明はつぶやく。

「春衣。すまなかった」

 もっと早く彼女の気持ちに気づき、側室に迎えていれば、難産にも耐えられたかもしれない。または難産にならなかったかもしれない。
 慶明は春衣が、妻の絹枝と、星羅の命を狙ったことは知らない。罪悪感と正義感の狭間で苦しみ、独りよがりな愛憎で心をむしばみ、健康を害していたことを知る由もなかった。幸か不幸かそのおかげで、彼が春衣に負の感情を抱くことはなかった。
 

68 恋心 
 きっと父親のことを知っているはずだと星羅は陸慶明に会いに行く。これまで母、胡晶鈴のことだけは常々気にしていたが、父親の存在については養父母の朱彰浩も京湖も知らないので関心を寄せてはいなかった。初めて恋をした相手が、曹隆明でなければ父親のことを知りたいと思わなかったかもしれない。
 陸家の屋敷の門に着くと固く閉ざされていて、白装束を着た門番が一人だけ立っている。屈強そうな若い男は陸家を何度も訪れてきた星羅の顔見知りだ。

「あの、何があったのですか?」
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