華夏の煌き
「まったくだ。春衣ほど有能なものを探すのも難しいだろう」

 春衣は特に学問を修めているわけでもなく、何かに特化した才能があるわけでもない。それでも医局長の陸慶明に有能と言わしめる彼女は実務能力が抜群だったのだろう。

「あまりに采配が上手いので彼女の気持ちに気づいてやれなかった」
「気持ち、ですか?」
「うん。春衣は晶鈴がいたころから私を慕ってくれていたそうだ。もっと早く気づいてやればよかった」
「おじさまを慕って……」
「きっと私のためになると思って屋敷の中のことも頑張ってくれていたのだろうな。間抜けな私は、単純にそれを彼女の能力だと思っていたよ」

 慶明は遠い空に目をやった。

「あの、おじさま。そんなにご自身を責めないで。春衣さんは結果的におじさまのところに輿入れすることができましたし」
「結果的に、か。それでよかったのだろうかな。こんなに早く逝くことになろうとは」
「好きな人と結ばれるなら、きっと、命なんて。惜しくなかったと思います!」

 報われることもなく、想うことすら叶わない恋の終わりを思い出し、星羅は胸が痛くなった。語気が強い様子に慶明は「何かあったのかね?」と星羅に視線を戻す。

「あ、いえ」
「春衣のことは内内だけのことだから知らなかっただろう。私に用事があったのかね?」

 側室を亡くし意気消沈している慶明に、自分の父親のことを聞き出すのは気まずく感じ、星羅は口をつぐむ。

「気にしなくていい。聞きたいことがあれば、言いたいことがあれば早く言っておきなさい。手遅れにならないように」

 慶明はまた春衣の位牌に目をやる。線香の煙がゆらゆらと揺れ、星羅に流れてくる。まるで春衣がはやく話すよう促しているようだ。

「では、おじさま。教えてください。わたしの本当の父についてです」
「星羅の父親か。いきなりどうしたんだね。今までそんなこと気にしていなかったようだが」
「おじさまはわたしの父ではないのですよね?」

 わかり切っていることを改めて星羅は尋ねる。もし、彼がそうだと言ったら星羅はこの喪中の屋敷の中で喜びの声をあげてしまうかもしれない。

「残念ながら……」
「そうですよね」

 陸慶明が父であれば、胡晶鈴はたとえ占術の能力をなくしても、都を離れることなどなかっただろう。

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