華夏の煌き
「でも、結い上げた髪にかぶったほうが恰好がいいですよ」
「そうかなあ」
「でも、兄さまの綺麗な髪が見られなくなるのは残念」

 そっと長い毛先を撫でながら晶鈴がつぶやくと「ここに来たら冠をとるさ」と隆明が明るく言う。

「だめですよ。他所で冠を脱いで帰ったなんてことがばれたら」
「はははっ。そちが結えばいいだろう?」
「無理です。私はあまりそういう器用さはないんです」

 本当に太子になってもこうやって楽しく会えるのかどうかわからない。公的な場で、太子が占い師として晶鈴を召すことは可能だ。

「時間が経つのはあっという間だな」

 出会ってから数年間は自由に2人は会って楽しい時間を過ごすことができた。王子や姫たちの境遇は、何らかの立場が決まるまで比較的自由だった。

「そういえば今まで何も占ってもらったことがないな」
「ああ、そうかも」

 なにも悩みのない隆明は占いを望んだことはなく、晶鈴も占おうかといったことはない。占ったのは初めて出会った時だけだった。会えば、庭で毬を蹴ったり、石を飛ばしたり馬に乗ったりと子供らしく遊んできた。年の近い弟の博行とは、王后がまだ幼いからと一緒に遊ばせなかった。隆明にとって気兼ねなく遊べる、年の近いものは晶鈴だけだった。

「遠乗りでもするか」
「だめだめ。儀式が控えてるのでもし怪我でもしたら……」
「はあっ。つまらん」
「儀式が終れば遠乗りもできますし、もっと楽しいことがお出来になりますって」
「例えば?」
「えーっと。もっといろいろな演奏や舞踊を観たりととか」

 儀式が済めば、国中が賑やかな祭り状態になるだろう。すでに数多の舞踊団が、披露のために鍛錬しているはずだ。

「やかましいのが楽しいのかなあ」
「もうっ。ちょっとはお立場も考えていただかないと」
「はいはい。晶妹は太子師傅よりうるさいな」
「師傅どのが、甘いのでは?」

 率直に臆せず話す晶鈴が、隆明にとって一番居心地の良い相手だと改めて思う。もう少し一緒に過ごしたいと思う頃、正午の鐘がなる。

「もうお帰りにならないと」
「そうだな」

 するっと立ち上がり、名残惜しそうに隆明は部屋を一通り眺める。

「何か、欲しいものはないか?」

 晶鈴は笑んで首を横に振る。隆明も返事がわかっていて聞いた。この穏やかな時間がもう少し欲しいだけだった。

9 王太子妃
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