華夏の煌き
 蘭加の死によって、王太子、曹隆明の命が狙われることはもうないだろう。死の瞬間まで蘭加は、自分が慶明のターゲットになっていたことに気づかなかった。慶明は時間をかけてじっくりと、蘭加に少量ずつ、中毒症状を引き起こさせるための毒を与えておいた。一定の量が体内に蓄積されたとき、対象の食物によって中毒を起こす。医局長の陸慶明にしかできないことだった。たとえ解剖されても、ショック症状なので毒は検出されない。
 次の依頼者は申陽菜だ。同じ手はすぐには使えないだろうと、別の方法を考えながら茶を啜る。今の慶明はもう履物を脱いでリラックスすることはなくなっていた。

77 秘密
 王妃が亡くなったことは、数日してから星羅の耳にも届いた。太極府に勤めている兄の京樹からも、国葬の日取りと墓の方位が決まったと聞いた。王太子、曹隆明の実母ではないが、身内の者はしばらく喪に服し活動を自粛するということだ。
 王の容態も小康状態だったが、王妃の突然死によって衝撃を受けたらしく、体調は芳しくない。いよいよ王位が交代かとささやかれている。
 隆明が王になれば、もう軍師省に来ることはないだろう。軍師助手では王と言葉を交わすことさえできない。星羅が出世していかなければ、遠くから隆明を眺めるだけになる。
 郭蒼樹と星羅が兵法書の研究と解読を行っているところに、すっと隆明が入ってきた。

「研究は進んでおるか?」

 突然の隆明の声に、二人は驚きすぐに膝まづく。

「よい。楽にせよ」

 お忍びで来ているのであろう隆明の着物は、庶民の着る麻のようだが、彼自身が輝くような麗しさで目を引いてしまう。

「もう、おいでにはならないかと」

 クールな郭蒼樹が残念そうな声を出す。

「うむ。今日で最後であろう」

 星羅は何も言えずに突っ立ったまま隆明を見つめ続ける。そんな星羅に隆明は優しく微笑む。

「好い子を産むのだぞ」
「は、はい」

 わずかに膨らんだ腹を隆明はそっと慈しむように撫でる。星羅と隆明の二人の時間だけが優しくゆるゆると流れているようで、まるで一枚の絵を見せられているような郭蒼樹だった。

「では、これで。朝廷で待っておる」

 2人は隆明が部屋を出てい行くまで頭を下げた。郭蒼樹が先に頭を上げ「行ってしまわれたな」と星羅に声を掛けた。

「ああ、そうか」

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