華夏の煌き
「父上も母上も区別がつかないときがあるのよ。あなたが行っても絶対にばれないわ」
「で、でも。この王太子妃選びは、占術ででも選ばれてるのよ? 人が違えばいくら双子だとは言え……」

 合理主義で現実的な政治と、占術による神権政治が結びついていることを地方長官の娘といえども重々承知している。

「だって、だって生まれた時間がほんの一刻違うだけなのよ?」
「で、でも、欺くのよ? それも王や王子、国をよ?」

 あまりにも畏れ多いことに杏華は震える。

「じゃあ、もう、彼と駆け落ちするしかないわ……」
「姉さま!」

 目の前の恋に冷静な判断ができない姉の桃華を、杏華は心配しながら、反面呆れてしまった。桃華が駆け落ちなどしてしまえば、家族全てに責任が降りかかる。今では、身を割くような極刑はなく、父親の職を剥奪されることもないであろうが、この王太子妃を選ぶために使った莫大な経費を要求されることになる。そうなれば杏華はとにかく裕福な商人のもとへ嫁ぐことになるだろう。

「ねえ、お願いよぉ」

 昔から桃華は自分の意見を曲げることはなく、すべて押し通してきた。本人に悪気はないようだが、これは杏華にとって脅迫とも思えるお願いだ。
「姉さま……」

 国を欺くか、賠償金で苦しむか。なぜ自分がこのような選択を強いられているのか杏華には訳が分からなかった。ただ姉に対して、今まで積もっていた鬱憤が憤怒に変わることがわかる。

「いいわ。代わりに行ってあげる。でも、後でもう一度入れ替わることは絶対にできないのよ?」
「もちろん、承知してるわ」

 青白い顔がみるみる桃色に紅潮し喜びにあふれてくる。事の重大さをまるで分っていないような姉に杏華は殺意すら覚える。若い身空でもう墓場まで持っていく秘密を抱えてしまった杏華は、とにかくばれないことだけを考え始めた。
 
 
10 婚礼
 無事に王太子妃になる呂桃華が後宮に送り届けられた。婚礼の儀までの3ヵ月ほど、彼女は王妃と教育係によって後宮の礼儀作法などを教え込まれている。
 王子よりも先に、薬師の陸慶明が第一夫人を娶っていた。めでたいことに夫人は懐妊したようだ。

「よかったわね。これで跡継ぎに心配がないかしら?」

 胡晶鈴は新薬の安全性を占いに来た慶明に、笑顔を見せる。

「さあね。能力はわからないしな」
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