華夏の煌き
 一風変わっている家訓の中で育った郭蒼樹はやはり一味違うなと星羅は妙に納得する。

「では、本当に無理じゃなければお願いするよ」

 星羅は久しぶりに温かい気持ちになった。


 いよいよ臨月に入る。星羅は休職し、実家の朱家に戻ってきている。ロバの明々が星羅の顔を見て嬉しそうに嘶く。

「明々、わたしの子もあなたに乗せてもらえるかしら?」

 もう年老いた明々はよぼよぼ歩くだけで荷を乗せることは難しい。それでも星羅の言葉に頷くように「ホヒィ」と鳴く。
 ロバの明々は、都から胡晶鈴を運び、そして西の端から星羅を乗せてまた都に戻ってきた。

「あなたが一番、母とわたしのことを知っているのかしらね」

 鼻面を優しく撫でてから星羅は小屋を後にした。朱家の家のは相変わらず小さく質素だが、京湖が毎日あちこちを磨き上げ清潔にこざっぱりとさせている。使用人を置くこともできるが、慎重な京湖は他人によって自分の情報が漏れるのを恐れた。箸一本洗ったことのなかった彼女は今では、家事のエキスパートだった。星羅は朱家より掃除が行き届いている屋敷をまだ見たことがない。

「わたしはかあさまのようには出来ないなあ」

 椅子に腰かけ、腹を撫でながらつぶやいていると京湖が「なあに?」と星羅の両肩にふわりと手を乗せる。

「ん。わたしにはかあさまみたいに家を整えるのが無理だなって」
「ふふふっ。星羅は私にできないことがいっぱいできるじゃない。家事は誰かにしてもらえばいいわよ」
「そうねえ」
「明樹さんもあなたに家事してほしいなんて言わないでしょう」

 確かに明樹は星羅に家庭の中のことをきちんとしてほしいなどと望まない。彼の母、絹枝が家事をほとんどしたことがないが、教師として尊敬される人物であることも大きかった。

「星羅が軍師よりも家のことに魅力を感じたら、そうなさいな」

 花のように笑う京湖につられて星羅も笑った。京湖は星羅の腹のまえで屈み、耳を当てる。

「何か聞こえる?」
「ええ、力強い鼓動が聞こえるわ。ほら、おばあさまよ。蹴ってごらんなさい」
「やだあ、かあさまったら。あ、いたっ。ほんとに蹴ってきた」
「元気ねえ」

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