華夏の煌き
 明樹も赤ん坊の顔を見たらすぐに戻るという約束で、赴任先から帰ってきている。あまりにも小さな存在に彼は恐る恐る眺めるだけだ。

「もう少しそばで徳樹の顔を見たらいいのに」
「いやあ。泣かれると困るしなあ」
「父上の顔が見たいわよね」

 丸々とした紅い顔の赤ん坊はぼんやりとどこかを見ている。

「しかし小さくて赤いものだな」
「お義父上の話では、なかなか大きいほうみたいよ」
「へえ。これでもかあ」
「目元はあなたに似てるかしら」
「どうだろうなあ。赤ん坊の顔なんか区別できるんだろうか」
「自分の子供はわかると思うわ」
「確かに、顔はどうかわからないが、このつやつやした黒髪は星羅によく似ている。赤ん坊はつるっぱげだと思っていたが」
「ええ、髪だけはなんだかとてもしっかりしているみたいよ。ああ、京湖かあさまもわたしが赤子の時から髪が豊かだと言ってたわ」
「ほう。やっぱり家系があらわれるのだなあ」

 明樹はしっとりとして艶のある黒髪をもつ、徳樹の頭をそっと撫でる。

「残念だが、明日には戻らねばな」
「そうなのね」
「何か心配なことがあるか? あれば上官に休職でも申し出るが」
「ううん。みんな良くしてくれているし、身体も元気だし」
「それならいいが」
「あなたこそ平気? 赴任先で不自由はない?」
「ああ、特にないな。兵舎の独身寮に入ってたころと同じだよ」
「そうなのね。でも独身ではないのよ?」
「わかってるさ」

 明樹は明るく笑って、星羅の頬を撫でる。

「結婚前は離れてても平気だと言ったけど、実際離れるとちょっと寂しいものね」
「星妹……。俺もだよ。来年には帰ってこれるからそれまでの辛抱だな」
「うん。じゃ、行く前に抱いてやってね」
「お、おう!」

 立派な体格の明樹にそっと抱かれた徳樹はふあっと小さなあくびをしてすやすや眠った。眠ってじっとしているだけの赤ん坊を二人は飽きることなく見続けた。

80 蒼樹の従妹
 息子の徳樹を抱いて庭を歩く。首が座ってから徳樹は庭のいたるところに目をやる。星羅は厩舎のまえに立ちそっと入ると彼女の気配をずっと前から感じていたらしく、馬の優々とロバの明々は待ち遠しそうに前足を踏み鳴らしていた。

「こんにちは。徳樹を連れてきたわ」

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