華夏の煌き
 申陽菜がつぶやきに反応したが「いや、なんでもない」と言葉を濁す。隆明は胡晶鈴に会いに行った時のことを思い出していた。愛のない婚姻に耐えられず、衝動を抑えられずに晶鈴を抱きしめていた。今の彼にはもうない情熱と行動力だった。自分と晶鈴の娘である星羅。そして孫。
 隆明と晶鈴の間には、一時の時間しかなかったが、これまでの間、隆明には様々な出来事があり、思いがあった。甘く苦しく懐かしい思いが隆明の中を駆け巡っていた。

 宴会は短時間で終了する。合理的な郭家はだらだらと時間を過ごすくらいなら、延々と討議するほうが好ましいからだ。帰り際に、隆明は一番後ろの星羅にそっと声を掛けた。郭家と柳家の人々はもうほとんど籠に乗って降りて行ってしまっていた。

「陛下。ご即位、おめでとうございます」
「ん。ありがとう」
「その子はそなたの子か?」
「はい」
「名は何と申す」
「徳樹にございます」
「そうか。よい名だな。抱いても良いか?」
「えっ。あの、それは、もったいないことです」

 一目だけ孫を見せたいと思っただけだったので星羅は慌てて頭を下げる。実の孫ではあるが、公にできない庶民の子を尊い王に抱かせるわけにはいかない。

「よい」
「あ、玉体が」

 さっと星羅から奪うように徳樹を抱き上げる。徳樹はきゃっきゃと喜びの声をあげている。

「そなたにはわかるのだな」
「陛下……」

 星羅はなんだか目が潤み、とても幸せな気分になっていた。郭蒼樹の咳払いが聞こえ、隆明は徳樹を星羅に返す。

「幸せに」

 隆明は、星羅か徳樹か、二人ともにか分からないがそう声を掛けた。

「行こう」

 郭蒼樹に促され星羅は『銅雀台』を降りていった。

「そなたたちも戻るがよい」

 側室たちに声を掛けてから隆明は自室に戻っていった。側室たちは、あっさりとした宴会がもの足らずこれから集まり、菓子などを持ち寄って宴会の続きをするだろう。

「陽菜姉さまはこられないのですか? 茉莉姉さまのところで続きを……」

 一番後から入った側室が申陽菜に声を掛けるが、険しい表情におののき黙って引き返した。

「あの赤子……」

 申陽菜だけは、星羅の赤子が、曹隆明と同じ質の美しい髪を持っていることに気づいた。

「しかも男児とは」

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