華夏の煌き

「もうすぐ帰るからな」

 明樹の任期はもうひと月で終る。星羅と息子の徳樹にもう少しだと自分の中で言い聞かせながら日々、職務に励んでいた。ところが来週任期が明けるというところで、後輩の部下から誘いがかかる。

「兄貴。来週には都に帰るんでしょ? 今のうちに遊びに行っておきませんか?」
「遊び? 妓楼なら興味ない」
「相変わらずですねえ。せっかく西国の女と遊べるってのに」
「俺はいいよ」
「まあまあそういわずに、美味い咖哩も食べられるって評判なんですぜ?」
「咖哩?」
「病み付きになるらしいっすね。おれ食べたことないんすよ」
「ふーん。咖哩か。じゃあまあ日の高いうちになら行ってもいいか」
「そう来なくっちゃ」

 後輩が熱心に誘うので、この駐屯地での最後の娯楽と思い出かけることにした。

 その店は関所の門の外すぐそばにある。国境に位置するが西国の店だ。西国と華夏国を行き来する客が、ここに立ち寄り、しばし西国との別れを惜しむか、初めて西国の文化に触れるかになる。またこの関所を守る兵士たちの中に常連もいる。門番の兵士が顔見知りであれば、兵士たちにとってその店に行くことは容易い。
 さすがに西国から入国するものと、華夏国から出国するする者に対してはきちんとした検問が行われるが、平和な今、兵士の行き来は気楽なものだった。

 門番にちょっとそこの店に行ってくると告げると「どうぞ、楽しんできてください」と笑顔で見送られる。明樹は苦笑して、後輩と門をくぐった。
 馬に乗るまでもなく近場にその店はあった。宿屋も兼ねているようでほどほどに大きい。門の上についている看板には、西国のくねった蛇のような文字と一緒に、漢字で『美麻那』と書かれてあった。

 今は繁忙期ではないようで店の中は空いている。明樹たちに気づいた西国の女人が大きな声と身振りで「ようこそ!」と出迎えた。艶やかな褐色の肌を持つ女を見て、星羅の母、京湖を思い出す。思わず星羅がいるのではないかときょろきょろと見回してしまった。

「兄貴、どうかしました?」
「いや、ちょっと知り合いに似てたので」
「あら、兄さんは西国の女に知り合いがいるの?」

 店の女は、肌が透けるような薄い衣をひらひらさせて尋ねる。

「あ、まあ、ちょっとね」
「兄貴もお安くないなあ!」

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