華夏の煌き
「麻薬を使うなんて……」
「拷問なんかよりもいいと思わない?」

 さっきの咖哩もおそらく麻薬を盛られていただろう。許仲典の野性的な味覚が違和感を感じたのは偶然ではない。本能的に危機感を感じたに違いなかった。

「目的は何?」

 虚ろでやせこけた明樹を涙をこらえてみていたが、涙声になっている。

「安心して命でもお金でもないから」
「では何!?」
「ごめんなさいね。それはあたしもよく知らないの。とにかく上からの指示でずっとここに店を出してたのよ。あなたが来るまで」
「わたし?」

 女の狙いは星羅だったが、とらえる理由を知らない。彼女は指示されているだけのようだ。それでも明樹をこんな状態にした女を許せるわけもなく、憎しみが増していく。

「さて、もう一人の男に書状を持たせて解放するわ。しばらく夫婦の対面をしててね」 

 見張りの男を一人置いて女は出ていった。

「あなた……」

 星羅の呼びかけに明樹は壁を見たままぼんやりとしている。近寄って頬を彼の手の甲に乗せたが反応はない。痩せた手は筋張りかさつき、体温を感じない。自分の流す涙の熱さを星羅は初めて知った。
     

90 交換

 軍師省に届けられた書状には、陸明樹とその夫人星羅を、朱京湖と交換したいという内容が書かれてあった。更に、交換に応じれば、華夏国の飢饉に食料の援助も申し出ると書かれてある。しかし断れば、もちろん明樹と星羅の命はないし、いつでも出撃の準備ができていると脅迫文もあった。華夏国の飢饉がすでに西国に知られているようだ。

 星羅の養母の朱京湖を西国が欲するのか理由が分からない軍師省は、朱家に赴き状況を話す。使者には、星羅と親しい郭蒼樹が出向いた。
 なかなか帰ってこない星羅の代わりに、郭蒼樹が訪れると、京湖は悪い予感が当たったような表情で彼を出迎える。そして事情を聞いたとき、目の前が真っ暗になった気がしてしゃがみ込んだ。

「大丈夫ですか」
「あ、あ、ええ」

 郭蒼樹は京湖の手を取り、椅子に腰かけさせる。

「どうして西国があなたを欲するのでしょうか」
「20年以上経っているのに……」

 京湖は震える声でここまで来た経緯を話す。もう古い過去のような話で、自分自身でさえ、なぜ華夏国に住んでいるのか忘れるほどであった。
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