華夏の煌き
 郭蒼樹も一人の男が20年以上も京湖を手に入れるために画策していたことに驚く。だが、その執着心を京湖には悪いが、なくもないと思っていた。

「どうしますか」

 聞くまでもなく答えは決まっているが郭蒼樹は尋ねるしかなかった。華夏国としても、朱京湖が西国に帰国してくれないと都合が悪い。

「行きましょう。すぐにでも。あ、でも夫と息子に別れを告げたいから2日ほど待ってほしいわ」
「ええ。早馬で西国には返事をしておきます」

 京湖は覚悟を決めて西国に帰る。夫の彰浩も息子の京樹も引き留めはしないだろう。

「娘には絶対に手を出させないわ」

 星羅は京湖にとって本当に愛しい娘だ。その娘を救うために命も投げ出しても惜しくはない。20何年か前には、星羅の生みの母、胡晶鈴が自分の身代わりになってくれた。その恩も返さねばならない。

 今夜、悲痛な家族の別れ話になるだろう想像はつくが、京湖をだれも止めることはできない。郭蒼樹を見送って、京湖は安穏と過ごした小屋を見渡す。昼寝をしている徳樹を見に行くと、幼いころの星羅の顔を思い出す。

「ごめんね。もうおばあさまは徳樹を抱っこしてやれないかも」

 幸せな日々が終ってしまうと京湖ははらはらと涙を流す。しばらく感傷に浸っていると外で馬の泣き声が聞こえたので表に出る。
 馬を柵につなぎ、走ってくるものがいた。星羅の舅である陸慶明だった。息子夫婦の消息と、交換の話を聞いて急いでやってきたようだった。

「陸殿……」
「今、聞いて。西国に帰られるのですか」
「ええ。それしか二人を救うことはできないので」
「残念だ」

 一番事情を知っている慶明も、何の手立てもなかった。

「もう、ここには戻れないでしょうね。徳樹をしばらく陸家で預かっていただけませんか?」
「もちろん」
「よかった……」

 話し合えることは何もなかったが、京湖は西国にいる、自分を蛇のようにしつこく手に入れようとする男を思い出し身震いする。

「ほかに私にできることが何かあれば」
「ありがとうございます、もう、特に……」
「そうですか……」

 頭を下げて去ろうとする慶明を、京湖は引き留めた。

「あの一つだけお願いが。ほしいものがあるのです」
「なんでも」
「毒を」
「毒?」
「お願いです」

 死をも覚悟している京湖に怖いものは何もなかった。

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