華夏の煌き
 ラージハニに記憶はないが、バダサンプは彼女から施しを受けた。その時、バダサンプは恋をする。西国の花と呼ばれた美しい彼女に恋しない者はいないだろう。バダサンプは一生、不可触民としてゴミのような人生を送るのだと思っていたし、その生き方以外想像したこともなかった。ただ人生の岐路は誰にでも訪れる。

 バダサンプが町の清掃をしていた時だった。若い男が頭から血を流して倒れている。金持ちの息子が一本裏道に入ったために襲われたのだろう。若く背格好の似ている男は、バダサンプにそっくりだった。同じ顔の男の服装と、自分の服とは言えないのようなぼろ布を交換してみる。
「死んでるんだからもらってもいいだろう」
 丸裸で路上に転がすと、まるで自分が死んでいるみたいだった。気分が良くないと思い、自分のぼろを着せておいた。しばらく初めて着る上等な服を楽しんだ後、金に換えるつもりだった。しかし大臣の息子を探しに来ていた使用人にそのまま息子として屋敷へ連れていかれた。

「そのままわしは大臣の息子として過ごしてきたのだ」
「そんな……」
「身分の高いものは馬鹿なのか? 息子が入れ替わったことにも気づかなかった。しかもどんどん実権が奪われて行っていることにもだ」

 思い出しただけでも面白いと乾いた笑い声を立てる。確かに多忙な高官僚は、子供の教育は教育係にまかせっきりでかまう暇はない。ラージハニもあまり父や母、兄や姉と密な過ごし方はしたことがない。

「どうして暴政をしくの? 最下層の民の気持ちがわかるのだったら――」
「フハハハッ。やはり身分の高いものは愚かだな。わしはもう民の支配者なのだぞ? 民の気持ちなど分かったからどうだというんだ。ゴミはゴミのままでいいのだ」
「――。昔わたくしと間違えた華夏国の女はどうしたの?」
「華夏国の女? さあ、忘れたな。おそらく奴隷を欲しがっていた隊商にでも売ったのだろう」
「――晶鈴……」
「さあ、もうおしゃべりは良いだろう。不可触民が戦士階級の女を手に入れるのだ」

 何を言っても無駄なのは最初から分かっていた。美しい都(ラージハニ)は静かに大蛇(バダサンプ)に蹂躙されるのを待つ。

「さて、王妃よ、交わろうではないか」

 ラージハニの全身を味わったのちバダサンプはにやりと笑った。しかし次の瞬間「う、ぐっ」と胸をおさえた。

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