華夏の煌き
「西国に戻っても母様とは会えないのに」

 京樹は彰浩が西国に戻るメリットがまるでないと考える。

「ああ、わかっている。私は自分の住まいに帰ることにするよ」

 元々京湖は臣下の中でも最上級の身分である戦士族で彰浩は市民階級だった。二人の身分差は大きく開いたもので、出会うことすらできなかった。

「出会う前に戻るだけだよ」

 寂しそうに言う彰浩の目がとても切なく見えた。華夏国では王族は別格だが、奴隷も廃止され、職業的な身分はあっても、生まれた時から決まる身分などなかった。才よりも身分を優遇する西国の価値観に星羅はまったく理解ができないし、『身分』によって希望を持つこともできず、諦められる国民性に疑問を抱く。

 京樹も同じだった。彼は西国人であるが、華夏国育ちのおかげで、身分に囚われることはない。彰浩も、華夏国に近いところに住み漢名をも持ち、20年以上暮らしてきたのに、やはり中身は西国人なのだ。

「もう二度と京湖には会えないだろうが、せめて同じ国土を踏んでいたいのだ」

 控えめで静かに京湖を愛してきた彰浩の願いを、星羅も京樹も反対する気はなかった。

「寂しいわ……」
「お前たちがまだ幼ければ、一緒に西国へ連れていくのだが。二人とも立派になった」

 自立した二人を彰浩はまぶしく見つめる。彰浩にとって、西国の花と呼ばれたラージハニこと京湖と過ごした日々は、子供たちを見れば夢でも幻でもなかったのだと実感する。しかし西国に帰って、自分の朽ち果てた陶房で今までの生活を夢のような日々だったと想像しながら過ごすのだろう。いい夢を見たと思いながら、静かに陶器を作る日々を彰浩はそんなに悪くないと思っている。

「手紙をかいてね」
「ああ、わかったよ」

 最後の晩餐は、星羅がありったけのスパイスを使って咖哩を作った。彰浩も京樹も京湖の味がすると喜んだ。星羅もそう思ったが、もう二度と咖哩は作らないだろうと思っていた。

 京樹も星羅も感傷的になりたくなくて仕事に精を出す。それでも京樹は西の空の星を見、星羅も西の地に思いを馳せる。
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