華夏の煌き
実際に感傷に浸っている暇はなかった、華夏国はますます冷え込んでいき、作物は枯れ始め、家畜は減少していった。北部からは南下してくる難民が増え、豊かで温かい南部では食料の買い占めが始まっている。国民を落ち着かせ、国力を保つために2人とも泣いていられなかった。 

94 薬
 渇きを覚えた明樹が水を飲もうと部屋から出ると、下女が庭を掃いているのが見えた。初めて見る小柄で痩せた若い女だ。その女を見ていると明樹はなぜか情欲が湧いてくる。

「何を考えているのだ。私は……」

 目をそらし下女と反対方向に歩いて、水を探し求めた。広々とした屋敷には今は使用人と明樹しかいないようだ。弟である貴晶はすでに学徒となっている。幼い徳樹はどうやら星羅が軍師省に連れて行っているのだろう。

 台所で甕から水を汲み飲んだ。喉の渇きは収まったが、今度は飢えを感じる。調理台の上の籠に入った棗を一つ口の放り込む。シャキシャキと甘酸っぱい味が口の中に広がると少しだけ満ち足りた。しかし飢餓感が治まらない。棗をかじった時に思ったが、腹が減ってるのではないのだ。

 台所を出て、屋敷内をうろつく。馴染んでいるはずだろう屋敷だが、明樹は散策する様に部屋を覗いて歩く。やがて一番端の倉庫にやってきた。北側に位置するこの倉庫は、食料品ではなく、父の陸慶明の薬品や薬草などが保管されてある。
 明樹は導かれるように薄暗い倉庫に入り、一つ一つ、薬品の入った瓶のメモを読んでいく。

「腹を下すもの、腹下しを治すもの。発熱させるもの、熱を下げるもの……」

 きちんとした性格の慶明らしく、薬はまるでつがいのように、状態を起こすものと、治めるものがあった。ある瓶の前で明樹は足をとめる。それはかつて春衣が使った媚薬だった。

「催淫剤……」

 埃をかぶった薬品たちは、もう出番がないのだろう。慶明は今は新薬の開発を盛んに行ってはおらず、ここへは不要な薬を保管しているだけだ。
 瓶を持ちだし、明樹はまた元の部屋に戻る。寝台に座り瓶を眺めながら、どうしてこれを持ってきてしまったのか、自分の行動に理解ができなかった。

「明樹さま、粥を持ってまいりました」

 さっき庭を掃いていた下女が今度は食事を運んできた。

「いつからここで働いている?」
「明樹さまがお戻りになる数日前からです」
「そうか。名は何と申す」
「小桜です」
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