華夏の煌き
 李華の声が虚しく響く。これから李華は一日一度の食事を持ってくる老女と、門番の男、掃除をする老人とだけしか会うことはない。会っても、李華の話を誰も聞かない。声を掛けてくることもない。この冷宮で働く者たちは聾啞者だった。そのことに気付くまで李華は自分は本当は王妃だと何度も話しかけた。
 老女は、李華の訴えをうんうんと頷き、笑顔を見せ、質素な食事を置いて帰る。冷宮のおかげで飢えることはなくなった。そのうち李華は黙って笑んで食事をするだけの日々を送ることになる。 

98 王太子候補
 しばらく長男の陸明樹の喪に伏した後、陸慶明は久しぶりに王族の健診にやってきた。王の曹隆明とともに、珍しく王妃の桃華がそばにいる。初めて見る睦ましい二人の姿に慶明は驚き、明樹と星羅の若い夫婦の仲の良かった様子を思い出した。

「もう、仕事ができるのか?」

 労りのある隆明の言葉に、慶明は「恐れ入ります」と感謝の言葉を述べた。隆明は陸家のことだけではなく、胡晶鈴との間に生まれた娘である星羅のことを心配している。そのことがよくわかっているので慶明は率直に話す。

「私たちよりも、嫁が心配です。ろくに寝もせず食べもせず仕事ばかりしております」
「そうか……」
「孫のことも、構う暇がないくらいです」
「軍師省が多忙を極めておるのはわかるが」

 話が深くなるにつれ、そばにいる王妃の桃華が気になってしまい、慶明はぼかしたような話を続ける。そのことに気付いた隆明は「はっきり申してよい。星羅が朕の娘であることは王妃のみ知っておる」と桃華に視線を送る。

「ええっ?」

 驚いた慶明が、桃華に視線を送ると彼女はこくりと頷いた。いつの間に、秘密を共有するほどの仲になっていたのかと慶明は驚いた。

「この国難の状況下において、星羅に休養をとらせられないのが気の毒だな」
「ええ……。ただ休めても星羅は休もうとしますまい」
「徳樹の様子はいかがか?」
「母親を煩わせることなく軍師省で大人しくしています」
「軍師省におるのか」
「ええ。なぜか徳樹は軍師省に行きたがるのです。妻と乳母が面倒をみようとするのですが」

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