華夏の煌き
 中年の下女が御簾の向こうから声を掛けてくる。

「いえ、もういいわ。ありがとう」
「では、ごゆっくり」

 ゆっくりとと言われても、蒼樹も早く湯に入りたいだろうと手早くあちこちをこすり星羅は上がる。麻布で身体を拭き、蒼樹が貸してくれた美しい緑色の着物を羽織った。

「また、こんな上等な物を……」

 代々軍師家系である郭家は、質実剛健で質素な生活をしているが、やはり上質なものが取り揃えられている。身分というものはないが、郭家の人々は、内面も外見も庶民とは明らかに違っている。廊下を通り、庭を通りがかると木のたらいで湯あみをしている蒼樹が見えた。

「あ、蒼樹」
「ん? もう出たのか?」
「あの、蒼樹も入りたいだろうと思って」
「俺はここで身体を洗っていたのだ。言ってやればよかったな」
「気を使わせて、ごめん」
「いや、いい。湯冷めせぬように部屋に入っているといい」
「ありがとう」

 そそくさと星羅は立ち去る。たらいの中に座り込んでいる蒼樹の裸は月光に照らされてきらきらと輝いていた。引き締まった身体は逞しく滑らかでなまめかしい。

 礼を言ったら帰ろうと客間で蒼樹を待った。下女が運んできた茶を啜っていると、大雑把にざっくりと着物を羽織った蒼樹がやってきた。胸元がはだけているのを見ないように星羅は気を付ける。

「ありがとう。落ち着いたから今夜はこれで失礼するよ」
「泊っていけ。寝台の用意もある」
「いや、でも」
「こんな日ぐらい一人でいることはないだろう」

 無言でいる星羅の手首を蒼樹は握る。

「あ、あの」
「星羅。俺に嫁げ」
「え?」

 いきなり不意打ちを食らったように星羅は、蒼樹の顔を凝視する。

「そんなに気を使ってくれなくても大丈夫よ。すぐに慣れるから」

 兄が去り、明々が死に孤独に陥っているだろう自分に同情してくれているのだろうと星羅は思った。

「同情ではない。今のお前の弱っているところに付け入っているのだ」
「え?」

 固まっている星羅を、蒼樹は遠慮せず抱きしめた。

「そ、蒼樹? 離して」
「それはできない相談だ。母親が言うように求婚を受けないのか。俺はずっとお前を好きだった。明樹殿から奪おうとは思わなかったが。しかし袁幸平にはやれぬ」
「袁殿は、別に」
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