華夏の煌き
「いや、あいつはそろそろ頃合いを見計らって求婚するだろう。しかもあいつのことだ手練手管できっと自分のものにしてしまうはず」
「そんな……」
「さっき星羅の家に行ったのも、袁幸平の行動が気になって見に行ったのだ。幸い今夜は来なかったようだが」

 明々の死の悲しさで、星羅はなぜ蒼樹がやってきていたのか追求していなかったが、今、合点がいった。抱きしめられている蒼樹のはだけた胸元が星羅の頬に当たる。いつも冷静で動揺しないだろう蒼樹の心音が早く強く、星羅の耳に響く。

 若い娘時分に蒼樹に抱きしめられたことを思い出した。あの頃は、父だと知らずに曹隆明に恋をしていて、蒼樹の好意に反発した。今の星羅はやはり気落ちしているのだろうか。抵抗する気にもなれず、むしろ蒼樹の体温や抱きしめる力強さに心地よさを感じている。

「明樹殿を想ったままでいい。俺のところに来てほしい」
「あの人を想ったまま……」

 明樹を忘れなくて良いのだと思うと、気が軽くなる。

「その気持ちは嬉しいけれど、未婚の若い女人のほうが良いのではないかしら。あなたのご両親だってきっと」
「俺はお前が良いのだ。いいと返事をしろ」
「蒼樹……」

 以前のように拒まない星羅をもう一度力を込めて抱きしめる。星羅は目を閉じて蒼樹の唇が重なってくるのを感じた。


 夫の陸明樹が亡くなって3年の月日が経っていた。今の時代、再婚をうるさく言う者はいない。息子の徳樹もすっかり杏華公主を母として慕い、帝王学を学ぶ日々だ。星羅は徳樹を息子として以上に、天子として仕える気持ちで見守っている。

「母上……」

 胡晶鈴の言葉と蒼樹のことを考える。彼ほど自分のことを知っている者もいないだろう。明樹と結婚してから一緒に生活ができたのは2年にも満たなかった。それに比べると蒼樹とは軍師省で朝から晩まで一緒だ。家族よりも同じ時間を共有していた。

「結婚したら家でも一緒なの……」

 仕事でも家庭でも蒼樹と一緒に過ごすのだと思うとなんだか変な気分になる。蒼樹に返事をする前に、許仲典と結婚した林紅美に相談しようと彼女たちの住まう屋敷へと向かった。


 許家は都を取り囲んでいる城門近くにある。いつでも不審な人物をとらえられるようにと、都を守るように住まいを、行きかう人々の近くに構えている。

< 250 / 280 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop