華夏の煌き
 息子の陸貴晶が無事、試験に合格し薬師見習いとなる。ふっと安心した陸慶明は目の前が真っ暗になり、気づいたときには寝台で横たわっていた。

「おや? 医局にいたはずが……」

 身体を起こそうとすると「あなた。まだ横になっていて」と妻の絹枝がそっと身体を支え、横たわらせる。

「あなたは倒れたのですよ」
「あ、そういえば、急に意識が遠のいて」
「まったく薬師の不養生ですわ」
「そうかもしれぬな」

 笑って胡麻化したが、慶明自身もう先は長くないと分かっている。そもそも激務だった医局での仕事に加え、母のための新薬作り、孫の徳樹を太子につかせるための暗躍、そして長男、明樹の死が慶明の命を縮めていた。

 一度倒れると、もう慶明は起き上がることが無理になった。食欲も失せ、何かをなしたいという気力も無くなった。見舞いに来た星羅が、彼女の母、胡晶鈴に見えてしまい、ついついその名を呼んでしまうところだった。

「仕事も生活もうまくいっているようだね。無理はしていないかい?」
「お義父上さまこそ。ご無理ばかりなさっていたのですね」

 自分の状態をさておき、星羅の身体を心配する慶明に思わず苦笑する。

「やることをすべてやったからね。そろそろ私は退場する身だ」
「そんな! まだお若いですのに」

 年齢的にはまだまだ働き盛りの慶明だが、もう誰の目から見ても回復を望めないことはわかる。背が高くがっしりした彼は、やせ細り、目はくぼみ、色つやも無くなり枯れた老木のようになっている。もう幾何の時間もないことが明らかだった。
 涙を見せないように、笑顔で去った星羅の後ろ姿を見送って慶明はまたほっとする。

「星羅が幸せそうで良かった」

 息子の明樹の死によって、星羅のダメージは計り知れないが、なんとか立ち直りしっかり生きている様子に慶明は安堵する。

 外が賑やかだなと顔を上げると、絹枝が珍しく慌てて「陛下がお越しです」と部屋に駆け込んできた。

「陛下が?」

 絹枝に支えてもらい身体を起こすと「よい。そのままで」と厳かな声がかかる。お忍びで陸家に見舞いに来た、王の曹隆明だった。見目麗しい隆明は、威厳を伴い堂々と立派な佇まいで静かに寝台のそばに腰かける。

「二人にしてもらえるか?」
「あ、はい。外で控えております」

 絹枝と共の者数名は部屋から出てそっと扉を閉じた。

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