華夏の煌き
「わざわざ、お越しくださるなんて。もったいない」
「よいのだ。そなたは朕に、いや、国家にも尽力してくれたな」
「とんでもない。やるべきことをやったまでです」
「いや、手を汚させてしまったな……」
「……。お気づきでしたか」

 慶明の暗躍を、隆明は知っていたようだ。

「おかげで傾国させることなく国難に立ち向かえたのだ。今更だが何か望みはあるか?」
「いいえ。星羅も軍師として立派になりましたし、徳樹も王太子となりこれ以上なにがありましょう」
「そうか。では、安心するがよい」

 二人は胡晶鈴の思い出話をすることはもうなかった。それでも同じ女を愛し、国を支えてきた彼らは身分を超えた同志だった。


 誰かしらが見舞いに来るので、陸家はいつもより賑やかで絹枝も忙しくしている。彼女にとって忙しいほうが、慶明が死んでいくことに集中しなくてすんでいた。

「やっと客が引きましたわ。こんなに人が見舞いにきたのでは余計に具合が悪くなってしまいますわね」
「いや、私のほうはもう疲れなど感じないのだ」
「そうなんですか?」
「ああ、君はもう休みなさい。疲れたでしょう」
「ええ、でも」
「もうじき私は逝くだろう。葬儀に体力を使うからちゃんと休んだほうがいい」
「まあ! あなたったら……」
「すまない。ああ、言っておかねば。今までありがとう。君と夫婦となって本当に良かったと思う」

 泣いてしまっている絹枝は、慶明の言葉にうまく返答することが出来なかった。教師だった絹枝は、ほかの女人にくらべ理性的で、感情の起伏が平坦だった。恋愛感情があるのかないのか分からないまま、慶明と結婚したが、長い夫婦生活の中で情は深まっている。

「では、隣で休んでいますから」
「うん。良く休むがいい」

 慶明が倒れてから、絹枝は寝台を運ばせて一緒の部屋で休んでいる。客の相手で疲れ切っているのか、絹枝は寝台に入るとすぐに寝息を立て始めた。


 蝋燭だけがぼんやりと灯る薄暗い部屋で、慶明は静かに天井を眺める。自身で脈をとると、もう弱々しくとぎれとぎれで、いつ止まってもおかしくない。息も深く吸うことが面倒になってきたが、不思議と苦しくはなかった。
 慶明が目を閉じようとした瞬間、ふっと空気が動くのを感じ目を開いた。

「慶明」
「晶鈴!」

 寝台の隣に胡晶鈴が立っている。

「会いに来たわ」
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