華夏の煌き
 職業柄ついつい脈をとってしまう。晶鈴の細い手首に指を乗せ脈を診る。その脈から異変を感じる。その異変は慶明の良く知っている異変でもあり、胸を痛めるものだった。

「晶鈴――」
「何? どこか悪いの?」
「いや――」
「はっきり言ってよ」
「子が、子がいる……」
「え?」

 今度は晶鈴が慌てる番になった。隆明との蜜月を思い返す。

「相手は、相手は誰だ」
「それは、その――」

 自分が一番親しいと思っていた慶明は、晶鈴に自分より親しい、しかも友人を超えた存在がいることに衝撃を受けている。晶鈴と太子、曹隆明の間柄を、慶明は知らなかった。隠し事をしない晶鈴と慶明だが、お互いの仕事柄、守秘義務を伴う。そのせいでお互いの交友関係を探ることも、自分にかかわった人たちの話を、世間話のように話すことはなかった。

「言えないのか」

 今までで一番怖い顔をしている慶明に、子供の父親は絶対言えないと晶鈴は思った。彼女が辞めることなどより、太子の子を身ごもっていることなど知られたら大騒ぎになるだろう。

「ごめんなさい」

 頭を下げて、また顔を上げると今度は涙を流す慶明を見ることになった。

「慶明……」
「どうりで……。わたしのほうには向かぬと思った……」

 彼の涙を見て、晶鈴はやっと彼の気持ちに気づく。

「ごめんなさい……」
「謝るな。みじめになる……」

 さっと涙を袖で拭い、立ち上がった慶明は「何時に立つ?」と晶鈴の顔を見ないまま尋ねる。

「門が空いたら出るわ」
「早いな」
「早朝は気持ちがいいものよ?」
「明日、見送るから顔を見る前に出ていくなよ」
「ありがとう」

 晶鈴は帰っていく慶明の後姿にもう一度ありがとうとつぶやいた。


14 都を後にして
 日の出を前にして薄暗い外から、住んでいた小屋を眺める。

「もうここに住むことはないのね」

 子供のころに故郷を離れる時よりも少し感傷的になった。

「隆明兄さま……」

 平坦な腹をさすり曹隆明を思う。彼に何も告げることなく都を出ていく自分をどう思うだろうか。彼はもっと孤独になってしまうのだろうか。今まで考えたこともないような心配がいっぺんに晶鈴の胸に押し寄せてきた。占ってみようかと思い立ったがやめた。心が騒めいたままで占ってもどうにもならないことを知っているからだ。

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