華夏の煌き
 最後に晶鈴に会ったのはいつだったろうか。何年も会っていない気がするぐらい遠い過去のような気がした。まだ夜が明けきらない早朝、居眠りしている兵士や女官に気づかれることなくそっと寝室を抜け出す。裏道と茂みを潜り抜け、晶鈴の小屋までたどり着く。
 もうじき彼女は朝日を浴びるためにそっと抜け出てくるはずだ。遠くの空が闇を抜けようとしている。隆明は小屋の隣の大木の下で待った。

「遅いな……」

 もう日の光が小屋を射している。小窓から中を伺うが、暗くてよく見えない。耳を澄ますが物音ひとつしない。

「夜が明けてしまう……」

 どうしたのだろうと思っていると、後ろの茂みががさっと鳴ったので「晶鈴!」と振り向いた。

「あっ……」

 隆明の目に映ったのは、薬師の陸慶明だった。彼は深刻そうな、また哀れんだような眼を向けてくる。

「隆明様……」
「……」
「晶鈴はもうおりませぬ……」
「え? どういうことだ。なぜだ」

 美しく白い隆明の顔が苦痛に歪む。見るのがいたわしいと思いながら慶明が答える。

「実は……」

 彼女が占術の能力をなくしたがために、太極府から出ていくこととなり故郷に帰った話をした。

「どうして……」

 絶句している隆明に、彼女が子を宿していることは話さなかった。

「そうか……」

 身体から力が抜け、心から喜びが消えてしまった隆明は力なく笑った。

「晶鈴に何もやったことがなかったな……」

 いまさらながらに、何も贈り物をしたことがなかったことに気づいた。慶明は悲痛な言葉を聞きながらも、隆明は彼女に子を授けたのだと心の中でつぶやく。隆明の姿を見ると、兄妹をなくして心を壊した母を思い出してしまった。

「隆明さまは、そんなに晶鈴を……」
「そうだな。失って初めて気づくものなのだな」
「……」
「他言無用で頼む」
「承知しています」

 日の光でお互いの顔がはっきり見える前に2人は小屋から立ち去った。去り際、隆明の頬の涙が朝日に光っているのが見えた。

「晶鈴を追いかけるようなことは、なされないと思うが……」

 彼女の故郷を知っていても、王太子である曹隆明は立場上何かすることはないと慶明は思う。慶明とて彼女の安否を常々知りたいと思っている。

「もうそろそろ着いて居るだろうに。手紙の一つもよこさぬのか」

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