華夏の煌き
 順調に出世し、経済的にも地位も安定してきた慶明は誰から見ても幸福に見える。物静かな才女である妻に、利発そうな跡取り息子。彼ほど恵まれた人物もそうそういないと一目置かれる存在だった。また慶明は、野心家ではあるものの、貪欲さはなく、気さくな人柄は人に不快感を抱かせることはなかった。努力と精進を怠らぬゆえの出世だと、周囲からも認められアンチは皆無だった。しかし彼の心が常に明るいわけではなかった。虚ろな母といなくなってしまった晶鈴のことが彼を重く沈ませている。
 薬湯を飲んで横たわっていると、少しずつ気分が晴れやかになってくることを感じた。現実を生きていない母のことを考えると、いつもよりも苦痛も感じず、何とかなる気がし、晶鈴を想うとまたいつか巡り合えると楽観視できるようになった。
 がばっと身体を起こし「やっと完成したのか」と転がっている椀を眺めた。

「いや、このまま2,3日様子を見よう」

 調合を確認し、残りの材料を確かめる。十分な量ができるので大丈夫だと安心した。

 晶鈴の下女であった春衣が夕餉の支度ができたと慶明を呼びに来た。

「だんな様、今日はなんだか楽しそうですね」
「ん? そうか?」
「ええ、いつもより明るいです」

 頬を染め嬉しそうに春衣が慶明を見つめる。慶明はすっと視線をそらし「早くいかねば、夫人と明樹が待ちくたびれてしまうな」と微笑み返した。
 すでに食卓で待っている夫人の絹枝は息子の明樹をあやしていた。

「待たせてすまない」
「いえ」

 静かに返答する夫人から、明樹を抱き上げ「よーしよーし」とあやす。明樹はキャッキャと明るい声上げ喜んだ。歩き始めた明樹は抱いてやらないとすぐにどこかへ行ってしまう。

「ほらほら、ちゃんと座りなさい。母上が困ってしまうよ」

 優しく諭し、明樹を食卓に着かせる。並び始めた青菜に明樹は手を伸ばした。

「お前は、青菜が好きだな」
「あなたの香りに似ているのですよ」

 いつもふわりと薬草のにおいが漂う慶明に夫人は静かにほほ笑んだ。

「そうかそうか。父上が好きか」

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