華夏の煌き
 いつもより機嫌がやはり良いと春衣は慶明の様子を観察していた。慶明と絹枝と明樹の3人をみると、春衣は気持ちが暗くなってくる。彼女は主人である慶明に恋をしていた。彼の妻が晶鈴だったら、このような気持ちにはならないのにと唇をかむ。春衣にしてみると絹枝は新参者なのにさっとやってきて慶明の夫人の座に就いた感覚なのだ。

「わたしのほうが、先に出会っているのに……」

 はっと思わずついた言葉に、慌てて周囲を見渡した。

「わたしは何を考えているのかしら……」

 身の程をわきまえ、多くを望むつもりはないはずなのに、春衣は胸の奥のほうで何かどす黒いものがうごめている気がした。
 
 絹枝は春衣の気持ちを知ってか知らぬか、彼女を最初から快く思えなかった。慶明が知り合いの使用人を、ここでつかうと春衣を連れてきたときに、直感的に自分の味方にはならないと思った。
 従順で気の利く春衣は、使用人の中で頭角を現し、気が付くと直接慶明の世話役になっている。絹枝にも従順な態度をとるが、なんだか角がある。一度、春衣を近くに置きすぎているのではないかと遠回しに言ったことがあるが、慶明は他のものではあまり気が利かないと絹枝の気持ちを察してはもらえなかった。
 ふと見ると、春衣は絹枝が指示する前に茶を運ばせている。自分が教壇に立っている間に……。思わず余計な妄想をしてしまう自分が嫌だった。
 明樹を抱いてあやす慶明を見ながら、いつまでも家族仲良く過ごせるようにと心から願うばかりだった。

 食後も慶明は安定した感情の感覚を実感し、薬の効果を帳面につける。精神に影響する薬を開発するのはこれで10回目だった。今度こそ、うまくいくと実感があった。心を病んでしまった母に効果的だろう。そして、この薬を必要とするもう一人の人物にも。
 おそらくこの薬によって慶明の医局長就任は約束されたものになるだろう。

「そうなったらもう少し広い屋敷に移るか……」

 ほどほどの広さを保つ屋敷だが、装飾品の類は乏しく、簡素だ。贅沢な趣味はないが、地位が高くなるとそれなりの外見も整えなければならない。夫人の絹枝も飾り立てることをしないので、いつもまとめ上げた髪に、教師である身分を示す翡翠のついたかんざしをさしているだけだった。今度、王族の屋敷に行ったら調度品と装飾を参考にせねばと考えた。

「色々窮屈になるな」

< 50 / 280 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop