華夏の煌き
「嫌か?」
「まさか。嫌だなんて。でも妻として扱われてない思うと……」
「そのようなことはない。そなたがとてもかわいらしいだけだ」
「それなら……」

 機嫌をよくした茉莉は甘い声でさえずるように歌い始める。その歌声に合わせて隆明は笛を吹き添えた。

 笛を吹きながら、茉莉に自分を「隆兄さま」とはさすがに呼ばせられないだろうと思った。そこまで彼女を晶鈴の身代わりにしてはいけないことはわかっている。茉莉は晶鈴と同じ北西の出身で顔立ちは抜ているが、やはり中身は全然別だった。

 商人である彼女の父は、豪商で羽振りが良かったようで、娘には財産ではなく教養を与えたようだ。前例がないわけではないが、役人以外の娘が、王太子の妃候補に挙がってくることは少なかった。
 豪商も豪農も、娘に教養を身につけさせる発想の持ち主がまだまだ少なかったからだ。商売人がそのような教養を身につけようと思うと、周囲から気取り屋と陰口をたたかれることもあるようだ。

 茉莉は複数いる兄弟たちの末っ子のおかげで、商人の娘という育ち方ではない養育がなされた。簡単に言えば、父親の跡継ぎはもう決まっているので、彼女に商売のことで期待することは何もなかったのだ。ある意味裕福層の道楽のように、彼女に教養を与えた。
 それが王太子の側室に選ばれるという名誉なことになり、父親は調子よく娘をそういう高貴な方へ嫁がせるべく教養を与えたと言い歩いているらしい。
 娘が妃になったとしても、直接的な恩恵を受けることはない家族だが、その地方の人々からの注目は必然的に高くなる。特別に地位を与えられることも、権力を得ることもないが、やはりおのずと羽振りは良くなっていくものだった。


 王太子妃の桃華は、眠る娘を眺めながら静かに平穏に時間が過ぎていくことを願っている。一度、姉から手紙が届いた。入れ替わった彼女たちは、自分の名前を名乗ることはもうない。妹の李華として届いた手紙には、結婚したのち、息子が生まれつつましいが幸せに暮らしていると書かれてあった。何も問題がないことは良いことだが、自分がこれだけ毎日気を使い、神経をすり減らしているのにと、能天気な姉に怒りを覚えずにはいられなかった。
 せっかく美しく聡明で優しい隆明に出会えても、身代わりだということがばれないかと、素直に身を委ねることができないでいる。

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