華夏の煌き
ふっと笑む絹枝の目じりに細かい皴ができている。情熱的でもなく、喧嘩をするわけでもなく穏やかな夫婦関係だが、慶明は長く時間を共有してきたのだと、彼女の皴を見て実感する。そう思って絹枝の髪を見るとちらほら白いものも混じっていた。

「ともに白髪頭になるまで、か」
「何か?」
「いや。なんだか睡眠不足になっているようだな。身体の中を気がちゃんと巡っていない」
「そう?」
「病気はないが、どうもおかしい。何か心配事でもあるのか?」
「いえ、特に……」
「ご婦人特有の症状でもない。まあしかしこの太鼓橋は普通の平坦な橋に変えさせよう」
「あら、いいのに」
「いや、もっと早くにしておけばよかった。君は目が悪いからね。落ちるといけない」
「すみません」
「夕げまで休むといい」

 絹枝を寝室に送り、危ない箇所は他にないかと庭を散策しているとバタバタと息子の明樹がやってきた。なんとその腕には気を失った星羅が抱えられている。慶明はぎょっとして明樹のもとに駆け寄った。

「どうした!」。
「あ、父上。おいでになって、ちょうどよかった! 星羅が馬から落ちてしまって」
「何!? 早く寝台へ!」

 急ぎ一番近い部屋の寝台にそっと星羅を寝かせた。脈を測ると脳震とうを起こしているのがわかった。

「どうして落馬した?」

 今までで一番怖い表情をする慶明に、明樹の表情も硬くなる。

「それが、いきなりうたた寝をしてしまったようで……」
「乗馬中に寝たのか?」
「はい……」

 この屋敷から出る星羅を家に送りがてら、明樹は馬の乗ろうと誘った。歩くよりもずいぶん早く家に着くので少し遠回りをして並んで走っていると星羅の馬の速度が落ちた。 あれっと思い明樹が振り返ると星羅は馬の上で伏している。慌てて星羅のほうへ引き返したが、ずるっと彼女は馬上から落ちてしまった。手綱が緩んでいたので馬はほとんど歩いていた。おかげで目に見えるケガはない。

 押し黙る慶明の表情は険しい。その一方で冷水に浸した手ぬぐいを絞り、星羅の額に当てる手は限りなく優しい。

「ん……」

 瞼が動きはじめ、星羅は目を覚まし、明樹と陸明を認めすぐ起き上がった。

「ここ、あ、頭いたい……」

 明樹よりも素早く慶明が星羅の身体を支え、また横たわらせる。

「いい子だからじっとしていなさい」
「あの、ここは、明兄さまと、わたし……?」

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