華夏の煌き
 慶明が目配せすると、明樹が説明をし始める。

「馬から落ちたんだ。覚えてる?」
「馬から? 乗った後の記憶が……」

 どうやら眠ったことに気づいていないようだった。

「すみません。ご迷惑をかけてしまって」
「こちらこそすまない。体調が悪かった時に誘ってしまって」
「いえ、とくに体調が悪かったわけでは」

 星羅も自分がどうして落馬したのかわからない。馬車で眠ることがあったとしても、自ら手綱をもって御する馬の上で寝ることなど考えられなかった。
 慶明は夫人の絹枝もめまいのため橋から落ちそうになっていた。改めて星羅の脈をはかると、絹枝と同じ症状が出る。

「どういうことだ……」
「あの、おじさま?」
「ああ、心配しなくていい。特にどこも悪くない。もう少し休んだら明樹に馬車で送らせよう」
「平気なら歩いて――」
「だめだ。身体は平気でも眠気があったら、何かあったら晶鈴に申し訳が立たぬ」
「は、はあ」
「良いな。もうしばらく休ませて送っていくんだぞ」
「わかりました。父上」
「じゃあ星羅。あまり無茶をしないように」
「自粛します」

 叱られたとばつの悪そうな表情をする星羅が愛しく思えた。慶明は星羅と明樹を部屋に残し、自室へ戻ることにした。

「絹枝と星羅。同じころに眠気とは……」

 2人とも学問のための夜更かしをしがちなのは理解できるので、寝不足なることがあるのは知っている。しかし揃いもそろって同じ時刻に事故を起こしそうなほどの睡眠不足はおかしい。脈診では何も異常はないようだった。

「眠気か」

 眠りに関して考えていると、誰かが眠れないと言っていたことも思い出したが、誰だったか忘れてしまった。今の慶明は王族を含む何人もの診察を行っているで、診療記録をみないと誰が何を訴えてきているかわからなかった。幸い今重病人はいない。

「まあ何事もなかったのだが」

 すっきりしないが追求しようがなく、この件は忘れられていく。

 陰で一部始終を見ていた春衣は「もうこの薬は使えない」と悔しそうに唇をかんだ。今日に限って、慶明が早帰りし絹枝を助けてしまった。また陸家から帰宅するときに、ちょうど明樹が星羅を遠乗りに誘ったので、春衣が手を下すことができなかった。

「運のいい……」

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