カモミール
「で、今夜はどうすんの」

「ネカフェにでも泊まろうかなと…」

「女の子がそんなところで危ないよ。せめてホテルに泊まれば?」

「今、あまりお金なくて、なるべく節約したいんです」

「ふーん…。じゃあ、うちに下宿する?」

「はい?」

 なんでもない普通の会話の調子で言う突拍子もない提案に声が裏返る。この人は何を言っているんだろう?

「ここは下宿屋やってた建物を改装したんだけど、2階を自宅にしていて間取りはほとんど下宿屋のときのままなんだ。1部屋は来客用にしてあるからベッドも机もあるし」

「でも、見ず知らずの人に急にそんなこと言われても…」

「信用できないって?部屋に鍵ついてるから、心配なら掛けときな。それにうちの店で飯も食えるぞ。朝晩2食付きだ。引っ越しする金が貯まったら引っ越せばいいよ」

「うーん…」

「家賃、光熱水費、朝晩の食費込みで月3万。どうだ?悪い話じゃないだろ?」

 たしかに、悪い話ではない。同棲していたアパートの家賃は8万を折半していたので、そんなに込々で今の家賃の半分以下とはかなり安い。1週間で引っ越し先を探すのも現実的な話ではないし、その費用を捻出できるかも怪しい。背に腹は代えられない。

「じゃあ、お願いします」

「よし、決まりな。あんた、名前は?」

「早川美晴です」

「ミハルちゃん?どういう字書くの?」

「美しく晴れるで美晴です」

「そう。いい名前だな。俺、ここのマスターやってる真崎」

 店主は私に名刺を差し出した。真ん中には「真崎任史(まさきただふみ)」という名前が記されていた。「任史」という名前は、読みがながないと読めないな…。

「俺の連絡先、固定電話とファックスしかないけど、何かあったら連絡して」

「ケータイ持ってないんですか?」

「うん」

 さも当たり前かのように頷いた。今時ケータイも持ってないなんて珍しい。
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