カモミール
 今日は早めに退勤して、残った荷物を取りに「元彼」のアパートに戻ることにした。彼はいつも夜遅くに帰ってくる。彼がいない間に荷物をまとめよう。大きな荷物は送ればいい。夕方、私はアパートを訪ねると玄関には見覚えのないピンクのハイヒールがあった。彼の仕事用の革靴もある。妙だ。

 寝室の方から男女の声が聞こえてくる。嫌な予感がしたが思い切って寝室のドアを開けてみる。予想通り、元彼は知らない女とベッドの上で事の真っ最中だった。

「陽一、何やってんの?気になる女ってその人のこと?気になるっていうか、デキてたんじゃん」

「美晴!こ、これは、その…!」

 素っ裸でしどろもどろになる元彼。隣の女は、「誰こいつ?」といった目で私のことを見ている。

「マジで最悪。もうここには戻ってこないから。その女と一生よろしくやってろ!」

 私は合鍵を元彼に投げつけて部屋を飛び出した。

 その足でそのままカモミールに戻ってきた。勢いよくドアを開けたので、ドアベルがけたたましく鳴った。

「おかえり」

 恐らく鬼の形相で戻ってきた私を見て、真崎さんは怪訝な表情をしていた。昨夜と同じ奥のテーブル席に陣取った。彼が水とおしぼりを持ってくると同時に料理を注文した。

「ナポリタンとオムライスとクリームソーダ。あと食後にチョコバナナパフェお願いします」

「なんだってたくさん食べるね」

「嫌なことがあったんで」

「彼氏のこと?」

「『元彼』です。さっきアパートに荷物取りに戻ったら、知らない女とヤッてました」

「ぶふっ。マジか。そりゃ傑作だな」

「なんで笑うんですか!あいつ浮気してたんですよ!」

「わりぃ、つい。ムカつくよなぁ。そりゃやけ食いもしたくなるわけだ」

「バカにしてますよね?」

「してないよ。とびきりうまいの作ってやるから」
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